見出し画像

ユーフォニアムの誕生とその歴史について

私たちの親しんでいるユーフォニアムは、イギリスで発達した楽器です。しかし、イギリスは独自のヴァルヴ式金管楽器を開発したわけではなく、フランス語圏やドイツ語圏で開発された楽器を輸入して使っていましたので、ユーフォニアムの始まりを辿るにも、フランス語圏やドイツ語圏の楽器の歴史を辿らなくてはなりません。

今年2024年をユーフォニアム誕生180年として日本各地で開催している「古今東西のユーフォニアム展」のギャラリートークや、その記念図録(絶賛発売中)では詳しく触れていますが、ユーフォニアムの歴史の概略を note にも記しておくことにします。

より詳しく知りたい方は、「古今東西のユーフォニアム展」へぜひご来場下さい。11/2-4富山での開催でいよいよファイナルを迎えることとなりました。

1843年 ソロ楽器ゾンメロフォンの登場

文献をひもといていきますと、ユーフォニアムと同じ長さの金管楽器(セルパン、バスホルン、オフィクレイド、テノールテューバなど)は、元々伴奏を担当していました。この音域の金管楽器がソロを演奏するようになったのは、プロイセン領の音楽家、フェルディナント・ゾンマー(Ferdinand Sommer)のために造られた1843年の「ゾンメロフォン(Sommerophone)」が最初であったと考えられています。

ゾンメロフォンを演奏するゾンマー
1851年の様子を描いたもので、現存する唯一と思われるこの楽器のスケッチ

ヴィクトリア&アルバート博物館 © Victoria and Albert Museum, London.

1844年 ウィーンでオイフォニオンの発明特権取得

このゾンメロフォンの改良を依頼されたウィーンの金管楽器製造者、フランツ・ボック(Franz Bock)は、ゾンメロフォンを元にしたと思われる「オイフォニオン(Euphonion)」という「柔らかく、美しく、優しい響き」の楽器を開発し、1844年にウィーンで発明特権を取得しました。このオイフォニオンは、現存するゾンメロフォンのスケッチと比べると管が太いもので、その後ウィーンやオーストリアの吹奏楽で旋律や対旋律を演奏する楽器として定着しました。つまり、現代のユーフォニアムとほぼ同じ管の長さや太さを持ち、同じ役割、そして同じ名前(Euphonion はギリシャ語で、ラテン語では Euphonium となる)を持った楽器が行政によって初めて公認されたことになるわけです。

ボックのオイフォニオン、1844年の発明特権申請時のスケッチ

Herbert Heyde, Das Ventilblasinstrument. Breitkopf & Härtel, Wiesbaden, 1987, p.298.

1845年 パリでサクソルンの特許取得

この後の1845年には、フランスのパリでアドルフ・サックスがサクソルンを含む金管楽器群の特許を取得します。このサクソルンのうちのバスは、現在のユーフォニアムとほぼ同じ管の長さと太さで、ヴァルヴがピストン式ですので、ユーフォニアムに大変よく似た形をしています。しかし、サクソルンバスは、ウィーンのオイフォニオンのように旋律や対旋律を奏でる楽器ではなく、セルパンやオフィクレイドと同じように、伴奏を受け持つ楽器でした。名称も単純に「バス(Basse)」です。

アドルフ・サックス自身が製作したサクソルンバス
1866年製

19世紀終わり頃のイギリスで現在のユーフォニアムが確立

さて、こうした楽器がドイツ語圏やフランス語圏で開発された後に、イギリスの吹奏楽やブラスバンドでは主にフランス語圏の楽器が採用されて、特にブラスバンドではサクソルン一式が採用されて人気を博すようになりました。

ここで面白いことが起きます。サクソルンバスは、フランスの吹奏楽では伴奏側の楽器でしたが、イギリスのブラスバンドの中では旋律や対旋律、そしてソロを担当するようになったのです。つまりイギリスではサクソルンのバスがウィーンやオーストリアのオイフォニオンと同様に使われて、名前もバスではなく、ウィーンのオイフォニオン(Euphonion)と同じ「ユーフォニオン(Euphonion)」として普及していったのです。やがて名称にはラテン語の「Euphonium」も混在することになり、最終的にはユーフォニアムと呼ばれて現在に至ります。

1900年頃のイギリス、ヨークシャー Walsden Temperance Band
最前列にユーフォニアムとサクソルンバスの両方が確認出来る

こうした中で、イギリスの楽器メーカーは、輸入したフランスのサクソルンバスを元にして、オーストリアのオイフォニオンの役割を担う楽器をユーフォニオン(ユーフォニアム)として独自に製造するようになりました。そうして現在のユーフォニアムが確立していったのです。

Boosey 社の開発した、コンペンセイティング・システムを採用した1878年頃のユーフォニオン
現在のユーフォニアムとほとんど変わらない形状だが、
「Euphonion」とタイプされていることが判る

Charles Russell Day, A Descriptive Catalogue of the Musical Instruments Recently Exhibited at the Royal Military Exhibition, London, 1890, Eyre & Spottiswoode, 1891, p.220

大変に俗な言い方になりますが、私たちの親しんでいるユーフォニアムは、「心はオーストリアから、身体はフランスから授かり、イギリスですくすくと成長した楽器」であると言うことが出来るかと思います。

ドイツ語圏、フランス語圏のその後

元々オイフォニオンが誕生したドイツ語圏では、ウィーン、オーストリアのオイフォニオンが大変によい楽器だとして、その模造品が沢山造られたそうです。そして、発明特権が取得されていたオイフォニオンという名称ではなく、「バリトン(Baryton, Bariton)」という当たり障りのない名称で普及していきました。多勢に無勢で、ドイツ語圏では本来のオイフォニオンの名はほとんど消えてしまいましたので、現代では、まさかこの楽器がユーフォニアムの始まりだとは誰も思いつかなくなってしまったわけです。ドイツ語圏の吹奏楽ではこのバリトンが今も使われ、旋律や対旋律を受け持っています。

ドイツ Miraphone のドイツ式バリトン
現在は卵型の管体が主に使われている

サクソルンを開発したフランスでは、今もサクソルンバスが吹奏楽で使われています。21世紀に入る頃から、ヨーロッパの新しい吹奏楽曲が各国の編成に置き替えて演奏できるように作られると、サクソルンバスもイギリスのユーフォニアム同様の役割を担うようになりました。その一方で、フランスの奏者たちがサクソルンを見直す活動を始めるようになり、昨年(2023年)にはサクソルンバスの四重奏団「Opus 333」が来日して、私たちの感じる「上手い」という概念を覆すような見事な演奏を各地で披露していました。

サクソルン四重奏 Opus 333
http://www.opus333.com/

私達に馴染みのあるユーフォニアムは、イギリス、アメリカ、日本やアジア各地で普通に使われていますが、このようにヨーロッパでは、それぞれの地で開発された楽器が今も普通に使われています。パラレルワールドのようで面白いですね。

ユーフォニアムの誕生日は?

以上のようにユーフォニアムの歴史について各国の文献に遺されている記述をじっくり辿っていきますと、ウィーンのオイフォニオンがユーフォニアムの始まりであると考えて間違いないかと思います。従って、オイフォニオンの発明特権が取得された1844年4月1日がユーフォニアムの誕生日であると考えてよいと思われます。今年は丁度180歳になるわけです。

しかし、残念なことに、今年がユーフォニアム誕生180年であることは、日本や海外の専門奏者や愛好家にはほとんど知られていませんでした。既に書いたように、現在も世界各国の吹奏楽では、各地で開発された楽器(フランス語圏のサクソルンバスやドイツ語圏のバリトンなど)がユーフォニアムと同じ役割の楽器として用いられていますので、こうした楽器もユーフォニアムの歴史に含まれるのか否かを判断しづらいのです。また、含むとした場合に、英語の他に、ドイツ語、フランス語でも文献を辿る必要があるので、これまでなかなかそこまでしようという人は出てこなかったのでしょう。

インターネットの普及で、専門研究者でなくても各国の貴重な文献を読める時代になりまして、むしろ国や地域の特性に拠らずに、バイフォーカルにユーフォニアムの歴史を辿ることが出来るようになった事は本当に有り難いことです。ユーフォニアムの始まりと言える楽器が、ウィーンのオイフォニオンであると判断出来たのも、そうした時代のお陰です。


【注記】

ここに記した見解は、あくまで筆者が素人なりに、論理的に、常識的に文献をひもといて、想像力を働かせて出したものですので、専門の研究者としての見解ではありません。かといってデタラメでもありません。今後、専門の研究者がその学術的なセオリーに基づいて、年代特定などの研究がされることを期待しております。

いいなと思ったら応援しよう!