シリア(2)
気づき
神聖な朝
午前4時だっただろうか、、、
恐らくやっと深いねむりについた頃だったと思う。窓の外から鳴り響く、イスラムの祈りの声で目が覚めた。一瞬、昨夜のタクシーの中にいるのかと錯覚した。
「日の出とともに神聖な気持ちで朝を迎えるんだな。この国のひとたちは。」
カーテンを少し開けて外を眺めながらそんなことを思った。一旦ベッドから抜け出たものの、毛布の中にもぐりこんでごろごろしているうちに、いつのまにかまた深い眠りの中に戻っていたようだ。午前10時には研修が行われる予定の別のホテルにいなければならなかったので、モーニングコールは午前7時半にお願いしていた。
「グッモーニン、マアム。」
という声で目が覚めた。背の高い若い男がベッドの横に立っていた。
驚いて飛び起きると、その男は言った。
「モーニングコールをしたのですが、お客様が電話をお取りにならないので、心配して様子を見に来ました。ドアをノックしても応答がなかったので、中に入らせてもらいました。おはようございます。モーニングコールです。」
そう言って男は立ち去った。電話の音も、ノックの音も聞こえないほど深く眠っていたなんて、、、と、ホテルのスタッフを騒がせてしまったことを、恥ずかしく思った。
身支度を整えて、部屋にサービスで置いてあったりんごをかじってから、ロビーへ向かった。私の滞在していたホテルには、同じ研修に参加する同僚2名も宿泊することになっていた。彼等とは事前にホテルのロビーで落ち合って、一緒に会場まで向かうことになっていた。昨夜の沈黙のタクシーの中を思い出し、一緒に移動してくれる人たちがいることがとても心強かった。
約束の時間通りに同僚二人が現れた。彼らもまた、飛行機の遅延によりホテルには深夜になって到着したと言って、とても疲れた顔をしていた。疲れ顔の我々三人は、ゆっくりとタクシーに乗り込んで研修会場へと向かった。
煌びやか
研修会場であるホテルに到着すると、ドアマンがさっとタクシーのドアを開けて我々を迎えてくれた。ホテルの中に一歩足を踏み入れた時、私は思わずため息をついた。ホテル内は白とゴールドを基調とした、異国情緒漂う煌びやかなインテリアで彩られていた。恐らくここは、この国一番の高級ホテルなのだろう。我々三人はホテル内をキョロキョロ見回しながら、研修が行われる部屋に移動した。
研修には約50名ほどの同僚が参加していたが、海外からの参加者は我々3人のみで、他の同僚たちはシリアに居住しているスタッフだと知った。私はふと、研修の参加者の中に、私を空港に迎えにきてくれるはずだった同僚を知っている人が必ずいるはずだと思った。入室時に着用必須と指示された名札には、各人の名前と所属先が記されていた。私はこれを頼りに、空港で会えなかったあの同僚と同じ所属先からの参加者を探すことにした。探し始めて間もなく、私はあの同僚と同じ名前の名札をつけた人物に遭遇した。
「あの、、、ひょっとしてあなた、昨夜空港まで私を迎えに来てくれることになっていた人かしら。」
私はそう言って、自分の名札を指さした。すると彼は私にこう言った。
「あー君だったのか。ダマスカスへようこそ。」
私は何か肩透かしを食らったような気分になって、思わず、
「空港には来てくれたの?」
と尋ねた。続けて会えなかったから何かあったのかと心配していたことを伝えると、彼は間髪を入れずに、
「行かなかったよ。だって飛行機が遅延していると知ったから。着くか着かないかわからないのに、その人を待ってる人なんていないでしょ。」
と、全く悪びれた様子もなく言った。それを聞いたときの私の心境は、「驚き」と「落胆」と言う言葉がぴったりだった。でもすぐに気持ちを切り替えて、
「そういうものなのかな。」
と、心の中で呟き、この出来事はなかったことにしようと思った。
女性たち
我々の研修は、基本的には朝9時半から夕方5時半までの予定で、一日のスケジュールが組まれていたが、一日の終わりに設けられていた講師とのQ&Aの時間が長引いてしまって、終了予定時間が大幅に遅れてしまう毎日だった。
一日の大半を、このハイクラスのホテルで過ごす中で、ここを訪れる女性たちの出で立ちに興味をもった。戒律の厳しいイスラム圏の国では、女性たちは目元以外を布で覆って公共の場に現れるところが多いのはご承知の通りだ。しかしこのホテルですれ違う女性たちは、ヒジャブで髪は覆っているものの、顔を隠している人は驚くほど少なく、ばっちりとメイクで整えられた女性たちの姿は、私のイメージするイスラムの女性たちとは、かなりかけ離れているように思えた。身なりについても長袖と裾丈の長いボトムスを着用して、肌を露出している女性は皆無だったが、意外にも体のラインがわかるような、ぴったりめの服を身にまとっている人もたくさんいた。そして女性たちが行き交うホテルの廊下は、いつも様々な香水の匂いが入り混じっていた。
シリア在住の同僚に聞いてみると、彼女は、
「あくまでも個人的な見解だけど。」
と、前置きしながら、
「シリアの女性たちはサウジアラビアやイランなどの女性たちに比べたら、外でもルールを守りながらオシャレを楽しんでいる人が多いのよ。そしてこのホテルに来るような現地の女性たちは、裕福な人がほとんどだから、メイクも服装も一般的なシリアの女性たちより華やかだと思う。お金のある人たちはどこでも一緒よ。」
と言って、クスリと笑った。
男尊女卑が根強く残るイスラム圏の国で、このようにオシャレを楽しめている女性もいるということを知って、私はとても嬉しかった。
内戦が起こってから、あの時の女性たちは、どんな思いで日々過ごしていたのかと思うと胸が痛い。これから始まる新しいシリアでは、また女性たちがオシャレをして外出できるような社会になってほしいと切に願っている。
To be continued.