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限界生産性

『技術革新と不平等の1000年史』によると

限界生産性、労働者を一人やめさせたときにその会社の生産量がどれだけ下がるか。テクノロジーの発展は必ずしも限界生産性を挙げない、という。自動車が例外的に上げた。自動車は雇用も生んだ。トヨタおよびその関連産業が抱える従業員を思えばそうか。
自動車は関連産業を生んだ。また自動車はそこまで人を代替していない(?)。馬は代替したかもしれない。移動を速くして、人の労働を補完した。
AIはじめテクノロジーの使い道が、効率化、省力化である場合、限界生産性をあげる労働者が一部いるが、多くは下げるかもしれない。その人じゃなくてもAIでできる、となるから。
業務効率化をすると、人手が余る。
労働市場の流動性の観点でいえば余った人材はリスキリングをして、転職せよ、となるだろう。多くの人がリスキリングで効率化スキルを身につけると、今まで10時間かかったことが5時間で済み、そのあいた時間で別のサービスを実施できる。サービスの受け手からすると「同じ金額で」享受できるサービスは増えるから、便利である。豊かになった感覚にもなる。
またサービス拡張せずとも、労働者からすると単純に労働時間が短くなる恩恵はある。実際労働時間は短くなっている。労働環境は快適になっている。
ただそれは「より多くの金額が手元に増える」(余裕が増える)とは違う。便利であることと、余裕であること、を分ける観点が要る。

PCやネットはどうか。


本の中では好意的にかかれていない。

大半の労働者の実質賃金はほとんど増えていない。1980年以降、非大卒者の平均実質所得は現象してきたし、大卒者でさえ、大学院に進まなかった人びとの収入はわずかしか伸びていない (p.41)

ダロン・アセモグル他著、鬼澤忍他訳『技術革新と不平等の1000年史 上』2023年
  • これは日本に関してもよく言及されること。賃金増えていない。

  • PCやネットが普及してない80年代のほうが今より実質所得があった。

  • 体感としては便利で快適になって、日々新しいテクノロジーが登場して、すごい進歩してる感はある。

  • 「理不尽は減ってるが、豊かにはなっていない」といえるかもしれない。

次の限界生産性をあげる産業は何だろうか?

  • 遠隔操作ロボではないか

  • 操作主体は人である。人の補完としてロボがいる

  • 人はロボのおかげで現地に行く頻度は減る。車は移動時間を減らしたが遠隔操作ロボは移動そのものを減らす

  • 関連産業増えそう

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