まちがいだらけの『まちがいだらけの少子化対策』

最近、少子化問題の有識者としてのプレゼンスを高めているニッセイ基礎研究所の天野の近著『まちがいだらけの少子化対策』のデータ解釈が問題だらけなので、ここではその一つを取り上げる。

最初に結論を示すと、2015年国勢調査、2020年国勢調査ともに、「共働き世帯」のほうが「専業主婦世帯」よりも子どもの数が多い、という分析結果が導き出された。
2015年の分析結果は主要オンラインメディアにも投稿し、また、2020年の分析結果も講演会で何度も取り上げてきた。しかし、この分析結果に対して、シンクタンク研究者、大学教授、大手メディアのディレクターなどから、いまだに「驚愕した」「この結果の調査母体は何でしょうか(母集団が偏っていないのか)」といった連絡を定期的にいただく状況が続いている。

p.48
詳しくはリンク先を参照

まず、「子なし世帯割合」は共働き世帯34%、専業主婦世帯39%で、専業主婦世帯のほうが、子どもがいない世帯割合が高いという結果となっている。

p.52-53

34%と39%という計算結果(グラフ👇の「総数」)は間違っていないが、妻の年齢階級別に見ると、子育て年齢層では共働き>専業主婦と逆転する。

総務省統計局「2020年国勢調査」
就業状態等基本集計  第23-5表より作成

専業主婦世帯の子無し割合が大きくなっているのは、子育て期をとっくに過ぎた高齢者層を計算に入れるインチキをやっているからである。

総務省統計局「2020年国勢調査」
就業状態等基本集計  第23-5表より作成
同上

この計算のトリック(インチキ)が分かれば、こう👇なる理由も分かる。

次に、18歳未満の子どもがいる世帯についてみると、1子世帯、つまり一人っ子世帯は専業主婦世帯のほうが39%と共働き世帯より8ポイントも高くなっている。その一方で、多子世帯といわれる18歳未満の子どもが2人、3人といる世帯は、共働き世帯のほうが割合が高い、ということも示された。

p.53

夫婦が希望する子供数で最も多いのは2人なので、

  • 1子世帯:もう1人以上産む予定なので非就業にとどまる

  • 多子世帯:これ以上産む予定がないので再就業する

からである。これは「専業主婦より共働き主婦の方が産んでいる」ことを意味しない。

従って、この👇指摘も正しくない。

国勢調査の結果からはっきりと指摘できるのは、「女性が社会進出すると少子化が加速する」「専業主婦世帯の応援、もしくはそちらに女性の生き方を誘導したほうが子どもは増える」などという意見は、統計的にみて大いなる誤解であり、偏見であるということである。しかしながら、「まったく逆だと思っていた」という感想がいまだに絶えない。

p.54-55

また、天野は

結論から先に述べるならば、統計的にみれば「未婚女性の割合」の上昇が日本における少子化の決定的な要因となっている。

p.14

と正しく指摘しておきながら、女の社会進出(≒男と同じくフルタイム就業をリタイア年齢まで継続)→非婚化→少子化となる可能性を考慮していない。実際のところ、仕事とずるずる付き合い続けて結果的に(男ではなく仕事と)結婚してしまう女の増加が非婚化の主因となっている。

同書には他にも天野の「統計的にみて大いなる誤解、偏見」が溢れており、両親が医者で本人も東京大学経済学部卒にしてはあまりにもお粗末な内容と言わざるを得ない。それが「悪意」によるものか無能のためなのかの判断は付きかねるが。

問題は、このようにバイアスまみれで客観的な分析ができない人物が少子化問題の権威・ご意見番のようになっていることである。日本社会の致命的欠陥の「『本物』を見極められないので知名度のある紛い物が大活躍してしまう」の典型例とも言える(一つ例を挙げるとショーンK)。

筆者は2024年初現在、総務省統計局の「令和7年国勢調査有識者会議」構成員のほか、富山県の県政アドバイザー(人口減少分野)、石川県の少子化対策アドバイザー、高知県の山間地域再興ビジョン検討委員会委員など、複数の自治体の人口減少問題に関する役職を拝命している。また、経済団体等では、東京商工会議所の少子化対策専門委員会の学識者委員(委員会アドバイザー)や、公益財団法人東北活性化研究センターの「『人口の社会減と女性の定着』に関する情報発信/普及啓発事業における検討委員会」の委員長を拝命している。

なお、同書では「シルバー民主主義がもたらす未婚化放置社会」「シルバー民主主義が生み出すさらなる少子化の罠」などと、世代間対立を煽っているが、現実にはそのような構造にはなっていない。

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