フェミ国家が好戦的になったのは「有害な男性性」ではなく「有害な女性性」のためでは
エマニュエル・トッドが『西洋の敗北』の第7章「北欧――フェミニズムから好戦主義へ」で「乱暴な仮説」を提示しているが、これはちょっと違うのではないかと思われる。
コンラート・ローレンツの鳩と狼の比較を用いると、鳩が女、狼が男になるのだろうが、鳩に攻撃性がないわけではない。
まず、フェミニストは平和志向・対話重視ではなく、意見が異なる相手(敵)に対して極めて攻撃的であることは周知の事実である。
また、女が暴力嫌い・平和主義に見えるのは自身の安全を男以上に求める(⇒リスク回避志向の強さ)ためだとも考えられる。従って、自分の身の安全が確保されている状態、例えば、強い男が自分に代わってターゲットを攻撃してくれたり、相手が反撃できないのであれば、攻撃的・好戦的へと態度を翻すわけである。
更に、男の攻撃性は自分の支配圏を広めるために発揮されるのに対して、女の攻撃性は三流小説『パワー』に描かれたように、自分にいる空間を純化・浄化(不快な存在を排除)するために向けられるという方向性の違いはあるが、男にあって女にないわけではない。
これらを考慮すると、北欧諸国がロシアに対して攻撃的・好戦的になったのは、
アジア人の血が混じった野蛮なロシア人がすぐ近くにいることへの不快感
強大なアメリカとEUがロシアを叩き潰してくれるという安心感
のミックスによるもの、つまりはtoxic masculinity(有害な男性性)ではなくtoxic femininity(有害な女性性)の発露なのではないかと考えられるのである。タレブ風に言うなら"skin in the game"していないから、つまりはリスクを感じていないからやたらと強気になれるわけである。
この👇男2人vs女2人のディベートに男と女の戦争観の違いが表れているように感じられる。「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」という台詞があるが、男は(ショルツやマクロンも)撃ち返されるリスクを認識しているのに対して、女は(上述の政治家たちも含めて)認識しているようには見えない。
実はトッドの考察はもう少し続くのだが、そこはさておく。