『略奪の帝国㊦東インド会社の興亡』からイギリス東インド会社の勝利の主因を紹介。
17世紀末からの英仏の争いで、人口や諸々の実物生産では劣るイギリスが軍事面では勝ち続けられた要因の一つに、Financial Revolution(財政革命)によって戦費調達が容易になったことがあるとされる。借入の際に返済の原資となる税を対応させると共に、議会の財政コントロールを強化したことで、貸し手は国王に踏み倒されるリスクが下がり、政府は信用リスクの低下によって機動的な借入が可能になったわけである。
東インド会社の勝利の主因も似たものらしい(既に会社は徴税権を得ていた)。信用供与した「インド人の金貸しや金融業者」がイギリスではイングランド銀行や民間投資家に相当する。
これが借入ではなく政府や会社による通貨発行だったとしても事情は同じで、発行した通貨に購買力を持たせて流通させるためには、通貨価値を支える確実な財政基盤(安定した税源と税収)が確保されている必要がある。近年、「税は財源ではない」というレトリックにミスリードされている人が目につくが、借入や通貨発行を確実な資金調達手段とするためには租税や事業活動からの安定した収入が必要であり、その意味で現行の通貨制度においても税は財源なのである。
付録
イングランド銀行の設立から約100年後のフランスでは、革命政府が発行したアシニャ紙幣が猛烈なインフレを引き起こして経済を混乱させた挙句に廃止された。紙幣発行に裏付け資産(あるいは政府収入)を対応させる仕組みが骨抜きにされたため。