エマニュエル・トッドの新著『西洋の敗北』を読了したのでちょっと書く。
主旨は「西洋の発展の推進力だったプロテスタンティズムが最終的に消滅→道徳と知性が崩壊」というもので、エリートから道徳(公徳心、良心、自制心、ノブレス・オブリージュ、等々)が失われ、権力・金力の亡者に成り下がってしまったというのがトッドの現状分析である。
本題に入る前に日本人が知っておいたほうがよいと思われるのが第1章のロシアと第2章のウクライナに関する分析である。👇の論説も大いに参考になるが、日本でもロシアとウクライナに関しては西側によって修正(操作)されたナラティヴが蔓延し、大本営発表が垂れ流される残念な状況が続いている。
西洋が狂ったことの象徴的事例がトランスジェンダーで、トッドはLGBTQ思想を厳しく取り締まるロシアがソフトパワーを非西洋諸国に及ぼしていると分析している。
第11章の終わり(p.353~355)では唐突に日本に言及されているが、さてどちらだろうか。この箇所では「神谷宗幣が代表を務める参政党」や「ITビジネスアナリストの深田萌絵」と出てきたのでちょっと驚いた。
西洋社会の心性が危機的な状況にあることがかなりの説得力で論証されており、現実にも女子スポーツに男が参加して無双するといった異常事態が頻発しているわけだが、多くの人は「アメリカのエリートは普遍的正義を体現しており正当性がある」という願望と正常性バイアスのために危機感を持てないだろう、という感想を持った。
補足
宗教が最終的に失われて(ゼロ状態)ニヒリズムが支配⇒道徳から力への移行⇒政治も王道から覇道へ、というのがアメリカと西洋の現状で、トッドの見立てでは回復不能。
付記
「民主主義」という不適切訳が頻出するのが気になった。英語だと-cracyは政治的意思決定者・意思決定のあり方を示す政治体制のことなので、専制や寡頭制と対比するなら民主制や民衆制にしなければならない。
なぜか最後では「民主制」と訳されているのは謎。