女子大生の群れ、裁判へ行く
大学時代、国文学と映像学を専攻していた。
専攻というほど
深く真剣に学んでいたかと問われると、
ごめんね教授という気持ちになる。
が、今思えばそこそこ楽しく、
そこそこミーハーに勉学に取り組んでいた。
ゼミ、レポート、バイト、
飲み会、バイト、ぐらいの間隔で。
(ダメじゃん)
その中でも、今も鮮明に
脳裏に焼き付いている記憶がある。
裁判の傍聴だ。
国文学と映像学になんの影響があるのかは
分からないが、元々別の大学の法学部へ
行きたかった私は浮き足立った。
今思えば、「モノを見る知見を増やせ」
ということだったのかもしれない。
だってさ、裁判の傍聴なんて
そうそう行かないじゃん。
「ちょっと今日遊びに行かない?裁判所に」
とか、
「このあと傍聴してお茶しに行こうよ」
なんてうら若き乙女の会話には上がらない。
裁判所のドアをくぐり抜け、
簡単な手荷物検査を受けて
傍聴先へと向かう。
その日の裁判は数件。
選ばれたのは、性犯罪の裁判だった。
いやいやいや、
女子大生にはディープすぎるでしょ。
若干の引け目を感じながらも、
開けたことのない重たい扉を開く。
少し小さめのサイズではあるが、
テレビでよく見る法廷があった。
センターには被告人の証言台。
奥には裁判官が座るであろう
椅子が鎮座している。
その雰囲気に、気圧される女子大生たち。
とりあえず、一番端っこの席に腰掛ける。
体感にして10分ほど経ったころ、
法衣に身を包んだ裁判官がやってきた。
ちょっと、ちょっとだけね、
お頭が輝かしい。
ほどなくして、刑務官らしき人に
引き連れられた被告が入廷してくる。
実際に起こった事件のため
少しばかりフェイクを加えるが、
内容は何ともリアルだ。
被害者は我々とさほど変わらない年齢の女性。
犯人とは全く面識がなく、
被害者が1人スーパーで
買い物をしている時に見かけた。
カゴの中には1人分の食材と
トイレットペーパー。
ここで女性のひとり暮らしだと
確信した犯人は、被害者の後をつけていく。
家にたどり着き
ドアを開けたところを、ドーン。
そのまま部屋に鍵をかけ、
強制的に犯罪に及んだ。
ここまで語られたところで、
傍聴席はにわかに熱量が上がる。
鬼畜の所業とはまさにこのこと。
それに、被害者が自分達と
さほど年齢が変わらないことも相まって
一気にリアリティが増す。
怖い、怖すぎる。
一人暮らしの身としては、
他人事だとは思えない。
ただ、私の面を拝んだ犯人が
「あ、こいつハズレや」と
そのまま引き返す可能性も高いが。
そのまま行く末を見守っていると、
どうやら今日は裁判の佳境らしい。
裁判官が、閉ざしていた口を開く。
被告へ、罪状に相違がないかの再確認。
その他もろもろ、判決を出す前の
義務的なラリーが続く。
きっとこんな内容の裁判は、
ほぼ毎日あるんだろう。
ほんの少しのルーティン感を感じながら、
裁判官の言葉に耳を傾けている。
ん?
なんか、盛り上がってきてない?
業務的な言葉の節々に、強めの語気が混じる。
次第に裁判官の熱量が上がる。
と同時に、こちらにチラチラと
目線が注がれる感覚。
これさては、ちょっと我々を
気にしてますね?
そりゃそうだ、内容は性犯罪。
ギャラリーには普段ならいないであろう
女子大生の集団。
ここは裁判官の見せ場だ。
被告人を諭すように、
でも反省を促す強い言葉で
舞台は締め括られた。
そうか、裁判官も人間だものね。
ギャラリーがいれば
気合いも入るでしょう。
法廷から立ち去る裁判官。
ちょっとだけ、ターンが強い気がした。
法衣が翻る。
かっけええええ。
薄めのお頭に後光が見える。
なんだかどえらいものを見たなあ。
なんともいえぬ感情に包まれて
裁判所を後にしようとした矢先。
あの裁判官がいた。
自販機で飲み物を買おうとしている。
が、ポケットをごそごそとまさぐっている。
あ、小銭足りないんだ。
さっきまでキメにキメていた、
あの人の小さい姿。
そっと20円を差し出そうか悩んだが、
彼のメンツを考えて見ないふりをした。
あの後、ちゃんとコーヒー買えたかなぁ。