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オルタナティブアセット/ダイレクトレンディング①


オルタナティブアセットの民主化

足許、日本銀行による金融緩和から金融引き締めに転じる状況の中、これまでは金融政策に関心を持たなかった人々も、日銀の動向に興味を持つ人々が増えてきたように感じる。長年続いた金融緩和により、資産価格は上昇、株価はバブル期以降の高値を記録し、住宅に関しては日本全国で価格上昇に転じたが、特に東京都心においては一般的な年収水準では取得できない価格まで上昇した。個人単位でみると、おそらくその恩恵を受けた方が多いだろう。一方で、長引く低金利環境により、運用ポートフォリオにおいて債券が大きな割合を占めている多くの機関投資家はじり貧状態にあったと記憶している。

そのような中、日本においては黒田総裁による大規模な金融緩和以降、投資運用の業界で脚光を浴びた運用戦略がオルタナティブアセットである。オルタナティブアセットとは、日本語に直すと代替資産という意味であり、伝統的な上場株式や債券への投資以外を指す。オルタナティブアセットは、上場株式、債券とは異なるリスク・リターンの特徴をもつことから、投資のポートフォリオに組み入れることにより、運用の効率性が高まるとされている。

古くはオルタナティブアセットというと、ヘッジファンドが挙げられており、2000年代以降、日本においても株式市場の低迷、債券金利の低下などからヘッジファンドの存在感が急速に増していた。厳密には、ヘッジファンドは伝統的な資産に対しても投資をするため、オルタナティブアセットへの投資というよりは、オルタナティブな運用戦略といえる。

近年では、マーケットと相関が低く、価格変動を極力抑えるようなプライベートエクイティ(PE)、プライベートデット/プライベートクレジット、実物資産(不動産/インフラ)などの、いわゆるプライベートアセットを指してオルタナティブアセットと呼ぶことが多い。

当初、プライベートアセットは、リターンは高いものの、流動性の低さや開示情報の少なさから、多くの日本の機関投資家からは敬遠されていた。しかしながら、金利の高い債券が満期を迎えるとともに、運用益が稼げなくなってきたことから、運用方法の見直しを図り、多くの投資家が一部プライベートアセットへの投資に資金を振り向けざるを得ない状況となっていった。特に生命保険会社やGPIF、ゆうちょ銀行など大手機関投資家がプライベートアセットに言及をするようになって以降、その流れは加速したと感じる。

リーマンショック前に台頭してきたヘッジファンドを除くと、投資家ごとの属性により規制などの影響を受けるため異なってくるものの、プライベートアセットへの投資を開始する際、大きく分けて2つに分かれていたようにみえる。

1つ目はポートフォリオ全体のリターンをあげるために、プライベートアセットに対して高いリターンを求める投資家。このような投資家は、グロスIRRで20-25%以上を目標とするようなPEへの投資に力を入れていた印象がある。

もう1つとしては、債券の代替的な投資先としてプライベートアセットに投資をするような投資家である。このような投資家は、REITのような不動産に投資をする傾向にあり、年間の配当利回りとして4-5%程度を望んでいた。より厳密にいうと、不動産戦略の中にも、コア・コアプラス・バリューアッド・オポチュニスティックといったリスク・リターンに応じた分類があるが、その中でもキャッシュフローがすぐにたち、収益が計算しやすい安定したコア戦略(賃料を配当の原資とする戦略)を選好していたと記憶している。

その後、ある程度プライベートアセットへの投資経験が蓄積され、良好なパフォーマンスが確認されると、様々な領域の戦略に手を広げるようになり、2010年代後半になるとプライベートデット/クレジット(以降PD)にも投資をする投資家が増えてきたように思う。

PDに投資をする投資家の大部分は、その中でもダイレクトレンディング(DL)と呼ばれる戦略にまず投資をすることが多い。DL戦略は、ファンドが銀行に代わり、企業に対して直接貸し付けを行うものであるが、日本においては銀行をはじめとしたレンダーが数多く存在していることなどから、DLのマーケットがほぼなかった。DL自体は分かりやすい戦略であり、どちらかというと日本人の気質に合うような戦略にも関わらず、ここ数年まで大きく発展しなかった理由としては、PDに投資をするとなると海外への投資となってしまう点も一つの要因だったと考えられる。

その後、2020年代にはいると、プライベートアセットを個人向けに販売する動きが増え始める。欧米では少し前から広がりつつあったが、日本においてはここ数年の動きであり、現時点ではまだ数社にとどまっている。対象を一定の富裕層に限定している場合が多いが、証券会社の戦略として富裕層向けの業務を拡大する動きが近年確認されるようになっており、プライベートアセットはタイミング的にも相性が良い資産タイプであると考えられる。現時点では個人と言っても一部の富裕層にとどまっていることから、本格的に個人投資家に浸透しているわけではないものの、日本においても確実に投資家のすそ野は広がりを見せている。

もっとも直近では、日銀の緩和修正により、債券金利も上昇していることから、一部の投資家はプライベートアセットに振り向けようとしていた資金を、伝統的な債券に戻す動きもみられるが、この流れは限定的であり、今後もプライベートアセットの拡大は継続が見込まれている。

ただし、バーゼルのリスクウェイトの見直しや、ポートフォリオミックスの観点(上場商品の時価下落)、ヘッジコストの重さなどから、一部のプライベートアセットでは今までのように資金を集めるのが難しくなっているとの話も出始めており、今後も規制や投資家の動向には注意をする必要がある。

プライベートデットクレジット(PD)について

プライベートアセットには、大きく分けてPE・PD・実物資産の3つがあることは既に記載した通りである。3つともそれぞれに特徴があり非常に魅力的なアセットクラスではあるが、ここではPDについて主に取り上げたい。理由としては、近年日本の投資家に普及してきた戦略であることからまだ馴染みの薄い投資家が多いことと、日本にマーケットがないため情報にアクセスがしづらいためである。

PDというと真っ先に思い浮かぶのは、ファンドが企業に対して直接融資を行うダイレクトレンディング(DL)である。PDを始める場合は、ほぼ全ての投資家がDLから検討しているのではないだろうか。DLは非常に分かりやすく、安定感もあり、ミドルリスク・ミドルリターンの戦略として、リーマンショック以降米国・欧州で急速に拡大していたが、近年日本でも投資を始める投資家が増えている。

一方で、DL以外にもPDの戦略はあるのを忘れてはいけない。DLがPDにおけるコア戦略だとすると、他の戦略はより高いリターンを目標とする戦略が多いが、その分より複雑なストラクチャーになる傾向がある。例を挙げると、ディストレスト・メザニン(DLに含む場合あり)・資産担保レンディング・レンダーファイナンス・ファンドファイナンス・ロイヤルティ(知的財産)・訴訟ファイナンスなどがあるが、日本の投資家でDL以外のPD戦略に投資をしている投資家は大手機関投資家の中でも一部にとどまり、限定的な印象である。各戦略については、また改めて別の機会で触れていきたい。

ダイレクトレンディングの特徴

以降はPDの中でも、投資家にとって関心の高いDLに焦点を当てたい。

まずDLの基本的な特徴について改めて説明をすると、投資家から集めた資金を基に、ファンドが企業に対して直接ローンを提供し、ローンの利息収入を中心に分配を行う戦略である(たいていの場合は、アップフロントフィーが設定されている)。銀行がローンを提供しない企業への投資となるため、一般的には大企業というよりも中堅企業などを中心に投資が行われ、その分リターン水準もやや高い傾向にある。ただし、近年はプライベートエクイティ(DL戦略においてはスポンサーと呼ばれる)による企業への投資の活発化等を背景に、より柔軟性が高く、投資実行までのスピードが高い点を評価され、比較的大規模な企業でもDLファンドを活用することが多い(それに伴い大規模な企業にローンを提供するようなファンドの規模も大きくなっている)。

ローンでの投資となることから、投資直後から利息が発生し、将来的なキャッシュフローの予測もしやすく、シニアが基本であることから、安定性を重視する投資家からの人気を集めている。また、変動金利中心であるため、インフレにも強い。

DLで最初に抑えておきたいポイントとしては、上記の裏返しになるが、ローンによる投資であるため、基本的にアップサイドが限定的な点である。PEや不動産は、売却によるキャピタルゲインの収益が見込まれるものの、ローンでの投資は基本的には満期までの持ち切りであり、利息収入が中心となるため、安定している分、パフォーマンスが上振れするケースは少ない。

そのため、契約時点で将来のリターンがある程度決定してくるといえる。基本的に各運用会社の能力により貸出金利の水準に大きな差が発生することはあまりないと考えており、そこに差があるとすると投資対象の規模やセクター、スポンサーの有無などの違いによるものであると個人的には考えている。

言い換えると、DL戦略は契約時点に想定されるリターンを達成するために、いかに投資期間中のダウンサイドのリスクを抑えるかが肝となる戦略である。

DLのダウンサイド

では、ダウンサイドとは具体的にどのようなケースが想定されるだろうか。

ご想像の通り、企業の経営状況が悪化し、貸したお金が返ってこないこと、つまりは債務不履行(デフォルト)状態に陥ることである。

通常、ダイレクトレンディングを運用しているファンドは、損失率のデータを開示している(開示していない場合は問い合わせるべきだと思われる)。投資家側としてはファンドを見る際、おそらく投資対象の企業規模やスポンサー、過去のリターン実績などをみがちだが、個人的には一番最初に気にするべきポイントとしては、ファンドの過去の損失率に関連するデータと考えている(新興の運用会社はデータがないためこの限りではないが)。

損失率をいかにして低く抑えるかが、DLのパフォーマンスに直結してくるが、より解像度を高くするため損失率をさらに詳しくみると、デフォルト率と回収率に分けることができる。計算式に直すと以下の通りである。

デフォルト率 × (1-回復率) = ▲損失率

つまりはデフォルトをいかに少なくするか、またデフォルトが発生してしまった場合にいかにして回収するか、の2点がダウンサイドを抑制するうえで重要なポイントとなってくる。

残念ながら、DL戦略はリーマンショック以降拡大をしてきた戦略であるため、本格的な景気後退局面を経験していないファンドが多く、これまではデフォルトはそこまで発生してくる環境ではなかったため、有用なデータは得にくいかもしれない。しかしながら、足許の金利高止まりを背景に、景気後退に入るか否かは別として、企業のデフォルトが増加することはコンセンサスであり、いかにして上記に関連したデータを運用会社から引き出すかが、投資家やコンサルタントとしては肝になってくると考えている。

また、実際にデータを入手できたとしても、各運用会社の損失率やデフォルト率、回収率であまり差がなく、有用なデータとはならないかもしれないが、他にもダウンサイドリスクの抑制について分析できる点としては、下記に記載のとおりである。

デフォルト率に関しては、まずコベナンツをどのように設定しているかが1つのポイントである。コベナンツには、契約期間中に行うべき「義務」を定めたアファーマティブコベナンツと、契約期間中に「禁止」されているネガティブコベナンツ、「財務」の数値に一定基準を設けフィナンシャルコベナンツ(財務制限条項)の3種類がある。よく投資を検討する中で使われるコベナンツは、主としてフィナンシャルコベナンツ(財務制限条項)のことを指す。

ご想像の通り、コベナンツはたくさん設定されていればいるほど、貸し手側としては投資先企業を管理・コントロールできるので、デフォルトを抑えるという点ではベターである。しかしながら、競合他社も多い中、コベナンツを無理に増やそうとすると他社に借りられてしまい、一向に投資ができないリスクがあるため、いかにして契約にコベナンツを盛り込ませるかがポイントとなる。

コロナ前までは、マーケットに過熱感もあり、借り手優位だったことからコベナンツライトと呼ばれる、財務制限条項などを設定しない、もしくは緩和するような契約も急増していた。もちろん、コベナンツライトで信用力の高い企業に魅力的な金利水準で貸付を行う戦略であれば、それはそれでよいと思うのだが、日本の投資家がDLに投資をする場合は海外のファンドになる。そのため、投資家にとっては投資先の企業に信用力があるかないかの判別が難しいため、日本の投資家としてはコベナンツがしっかりと設定されているファンドへの投資が安全である。

注意したいのが、デフォルト率が低いケースであっても、コベナンツライトの場合、厳しく設定しているファンドと比べて財務制限条項に抵触する可能性が低くなることがある。財務制限条項に抵触をすると、場合によっては一括返済が求められることがあり、デフォルト認定されるケースもあるため、単純にデフォルト率だけをみるのは得策ではない(ここが難しい)。
実際に投資家へのマーケティングの観点から、契約上コベナンツは設定しているものの、ほとんどモニタリングの意味がないような「みせかけだけのコベナンツ」が存在していることも気に留めておきたい。これらを見抜くのは難しい側面があるが、DDにおける定性的な情報も踏まえて総合的に判断をしていく必要がある。

加えて、一般的に取り上げられがちな財務制限条項については、財務諸表に関連する内容でもあることから、実際の企業活動の実態から遅行することに留意したい。そのため、企業の状況をより精緻に把握するためには、財務制限条項のほか、リアルタイムで状況を把握できるような、例えば取締役会にオブザーバーとして参加できる権利だったり、月次レポートの入手、リボルビング(契約期間内に何度も出し入れできるローン)を設定することで投資対象の企業をモニタリングすることも有用である。

では具体的にコベナンツとはどのようなものがあるのかという点だが、主に下記のような条件とされている。

  • アファーマティブコベナンツ
    - 報告義務:財務状況の報告や事業見通しの共有、債務履行の証明
    - 事業維持:事業許可を維持し継続する必要性、コンプライアンスや法令の遵守

  • ネガティブコベナンツ
    - 担保提供の禁止:第三者に対しての担保提供を禁止、上位担保権設定の禁止
    - 借入・分配制限:追加債務の制限、子会社における負債調達等の制限、分配の制限
    - 事業維持:株式調達・合併等の禁止または制限、重要な資産の譲渡や処分等の禁止

  • フィナンシャルコベナンツ
    - 最低カバレッジレシオ
    - EBITDAに対する最大レバレッジレシオ
    - 利益の黒字継続

もちろん上記が全てではなく、他にも様々なコベナンツが存在するが、全てを書ききることはできないため代表的なものを挙げてみた。デューデリジェンスの際も、全てのコベナンツを確認することは不可能に近いが、コベナンツがどのくらいの案件に設定されているのか、どのようなコベナンツが設定されているのかをチェックすることで、運用会社の特徴などがみえてくるはずである。

またデフォルトに関してもう1点触れると、定性的ではあるが運用会社の目利き力を確認することも重要である。数字で確認ができない以上、投資担当者による判断に依拠する部分がでてしまうが、例えばリーマンショック前からDL戦略を運用しているファンドであれば、リーマンショックを乗り越えてきているため、経験が蓄積されている証拠となる。また、過去にローン案件についてどれくらいの金額を投資実行しているかなども、経験という観点からは1つの判断基準になりうる。新興の運用会社の場合は会社の実績では判断できないため、投資責任者個人の実績なども加味して判断をする必要がある。

次に回収率について。
回収は、デフォルトが発生してからの事象となるが、仮にデフォルトが発生した場合に、どのような手段で投下資金を回収するかを確認することは有用でなる。また、企業がデフォルトとなり、米国でいうチャプター11を申請することとなった場合、これまでの利息回収やモニタリングとは全く別のフェーズに入るため、当該経験・実行能力があるのかも重要なポイントである。そういった観点では、ディストレス投資を手掛けているチームがDL戦略にも関わっている場合や、事業再生に強みをもつチームがいる場合などは、DL戦略においても差別化要因になると可能性が高い。逆にDLのみを運用しているリーマンショック後に立ち上がったファンドについては、この先の局面では大きな苦戦を強いられる可能性が高いと考えており、プレゼンテーション資料に書いてあることだけではなく、実行力を備えているかどうかを見極めなければならない。

以上、ダイレクトレンディングに投資をする際にまず気を付けるポイントとして、ダウンサイドリスクの抑制に焦点をあてて取り上げた。他にも投資先企業の規模や、スポンサーの有無、レバレッジなど、ダイレクトレンディングに関連するテーマはいくつもあるが、今回はここまでとして次回以降で取り上げていきたいと思う。


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