YUKI 『こぼれてしまうよ』 雑感

『こぼれてしまうよ』はある意味、「52歳のYUKI」の、アーティストとしての一つの到達点を示すような作品。

まるで、世界のどこかで泣いてる子を、どんな形でも、とにかく少しでも救うんだというかのような、強い決意を感じさせる楽曲。

身近な人たち、自分の声が届く人たちを少しでも幸せにしていくこと、誠実に伝えていくこと。その一つ一つは小さくても、そうやって少しずつ世界を変えていくこと。
その為には躊躇わず、格好付けず、真っ直ぐ伝えよう、そんな決意が滲み出て来ているように感じられる作品。
まるで、その為にはいかなる手段でも用いるのだと言うべく、今回は初めてMVに字幕まで付けられている。

少なくともこの歌は、YUKIは自分の為に歌っていない。「君に聴かせたくって ただそれだけなんだよ」の言葉通り、誰かのこころを少しでも軽くする為に。それが自分に出来る、少しでも世界を変える方法なんだと知っているかのように。

YUKIは『鳴り響く限り』でも「世界は変わるんだ」と歌っていたけれど、その言葉は、この楽曲が主題歌として使用された「ダンス ダンス ダンスール」の登場人物になぞらえて例えるのならば、キラキラした潤平くんには届いても、心を閉じた流鶯くんには届かないし、響かない。

闇の中にいる人にも届けるには、闇の中に手を突っ込んで、闇に触れながら語らなければならない。
今までのYUKIの作品では、ネガティブな言葉は意図的に排除されており、闇はないもの、もしくは自分次第で乗り越えられるものとして描かれていた。

それが『こぼれてしまうよ』では、闇そのものをも肯定した上で、嬉しい気持ち、楽しい気持ち、悲しい気持ち、辛い気持ち、さみしい気持ち、様々な気持ちをなぞり、そのどの気持ちでいる人にも祝福を、その誰しもに届く歌を、届けたい、届けるんだという、そんなYUKIの強い意志が込められているように感じる。

『Hello, it’s me』含め、いつものYUKIの伸びやかな高音が奏でるポジティブなメロディは、闇の底にいる者にとっては眩し過ぎて、少し浮上してからでないと聴けない時もあるけれど、
『こぼれてしまうよ』の力強い低音は、どんな自分であれ、後ろから支えて貰えるような、懐の深い温かみや安心感がある。

それが顕著なのは『こぼれてしまうよ』の2番の歌詞で、通常のYUKIの歌詞には使われないような、ネガティブなワードが並んでいる。
大雑把にわかりやすく分けてしまうなら、1番は潤平くんの持つような光に、2番は流鶯くんの持つような闇にも触れるような構成。

これは、誰にとっても「自分の為に歌ってくれている」ような気持ちにさせて貰える、その最大公約数が多くなる構成になっている印象を受ける。
自分が欲しい時に、欲しい言葉をくれる。この歌が、誰にとってもそう在れるように。そう寄り添えるように。

そしてそれら全ての想いを包括した上で歌われる、「あの子の笑い顔が 消えないといいな 消えないといいな」 という歌詞。

「あの子」は、身近な大好きなあの子かもしれないし、通りすがりに見た通学中の新一年生のぴよぴよしたあの子かもしれないし、ニュース画面の中で見た遠い国の見知らぬあの子かもしれない。

これは勝手な推測でしかないけれど、終わらない戦争、胸の痛むニュース、不穏な世界にYUKIもまた少なからず心を痛めており、それでは、今、アーティストの自分に出来ることは何か?と考えた結果、この作品が生まれたのではないか、とさえ感じさせられる。

そんな骨太の、強い決意と愛情、深い包容力に満ちた、至極の楽曲。

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