コスモス
「タルボット、おそとであそぼうよ」テコの声だ。
「あら。いらっしゃいテコくん。少し、涼んでいけば?美味しいミルクがあるよ。」とトラオさん。
テコは、薄茶色の子犬だ。タルボットと縁側にならんで、ミルクを飲む。お外の日の光がまぶしいけど、ここは風が吹いて、いい気持ち。
「なにしてあそぶ?」とタルボット。「かくれんぼしよう。はらっぱに、むらさきいろとしろのおはながさいたよ」とテコが言う。
「ごちそうさま。いってきます」とトラオさんに言って、テコとタルボットは庭に飛び降りる。
トラオさんのお庭を左斜めに突っ切って、いちいの生け垣の下をくぐる。それから道路に沿って右に歩き、ひとつ、道路を渡る。三軒目が、ツネコのおうちだ。
ツネコは、片目が青い、大きな白い犬。サイトウさんのお庭に住んでいる。
タルボットとテコは、最初、ツネコが恐かった。ツネコに、青い目でジロリと見られると、何か怒られるのかな?とビクビクした。
でも、ツネコは怒ったりしないことが、だんだんわかってきた。
ツネコの尻尾はフカフカで、じゃれたり、くるまったりすると、幸せな気分になる。でもツネコにしてみたら、しっぽで遊ばれるのは、迷惑なんじゃないかとタルボットは思う。
テコは、そんなことは全然気にしない。ツネコのしっぽにとびかかり、寝転がり、すり寄る。ツネコは、知らんぷりして寝そべっている。時々わざと、テコの頭の上にふさっとしっぽをのせて、テコの目をふさぐ。
「ツネコ、あそびにいこう!」門の脇をくぐり抜けて、お庭に入ると、ツネコはいつものように寝そべっていた。
「サイトウさん、こんにちは。」
「あら、テコちゃんとタルボット、いらっしゃい。」
サイトウさんは、ツネコと同じ白い髪の毛のお婆さんだ。「今日も暑いわね。少し、涼んでいく?美味しいミルクがあるわよ。」
タルボットは、ツネコのそばに立つ。「ミルクはいらないの。」
「サイトウさん、ツネコといっしょに、はらっぱにいきたいの。むらさきいろとしろのはながさいたから、かくれんぼをしたいんだ」と、テコ。ツネコをはさむように、タルボットの反対側に立つ。
「あら、コスモスが咲いたの?わたしも行きたいわ」とツネコ。
サイトウさんは、「今からツネコとお散歩に行くところだったのよ。一緒に行く?」と言った。
「ちゃんと、はらっぱによってね」とテコ。
一人と3びきは連れだって歩く。サイトウさんは、早く歩けない。だから、ツネコは、サイトウさんのそばをゆっくり歩く。テコはサイトウさんの周りをクルクル回ったり、すれ違う女の人の足のにおいや、下げている袋のにおいを嗅ぐのに忙しい。タルボットは、時々おやつをくれるオジサンの家をのぞいてみたけど、今日は窓が閉まっているから、お留守みたい。
この角を右に曲がったらはらっぱに着く、と思ったら、サイトウさんは左に曲がろうとした。
ツネコは、「今日は右に曲がりましょう」とサイトウさんに言って、ちょっとだけ止まる。「あら、そっちに行くの?」とサイトウさん。「そうだよ、おはながきれいだよ」とテコ。
右に曲がると、すぐにはらっぱが広がる。見渡す限り、背の高い紫色の花と白い花が、揺れている。わあ!とテコが叫んで、はらっぱに飛び込むと、とたんに姿が見えなくなる。
「やれやれ」とタルボットはつぶやく。そして、テコを追いかける。
ツネコは、サイトウさんを見上げる。ツネコ、ちょっとだけね、とサイトウさんは言う。そして、リードを外す。
ツネコも、コスモスのなかに入る。「テコはどこかな?みえないなあ!」とツネコは言う。
「ばあ!」とテコはツネコの前に現れる。「次は、ツネコがかくれて!」
ツネコは、一旦右に走って、それから左に走る。そして、白い花がたくさんある中に、息をひそめる。「あれえ?ツネコはどこかな?みえないなあ!」と言いながら、テコは走り回る。
「もう、秋なのね」とサイトウさんは額の汗を拭く。「うん、もう、秋が来たね」とタルボット。はらっぱから出てきて、サイトウさんの足に体をこすりつける。
「ことしも、おつきみをする?」とタルボットは聞く。「空が高くなったわねえ」と言いながら、サイトウさんは、タルボットのクビや背中をなでてくれる。
「さあ、ツネコ、そろそろ帰りますよ」というサイトウさんの声が聞こえたので、ツネコははらっぱから出てくる。つまんないや、と思ったけど、テコも一緒に戻ることにする。
一人と三びきは、もと来た道を歩く。「あのね、ことしも、おつきみにいくよ」とタルボット。「じゃあ、サイトウさんに、ミルクをもらおうね」とツネコが答える。「おつきみってなあに?ミルクがもらえる日なの?」とテコ。「空に大きな丸いキラキラしたお月さまがのぼるのよ。それを見ながら、ミルクをなめるの。素敵でしょ?」とツネコはこたえる。
テコは、頭のなかで考える。月がのぼったら、なんでミルクをなめるんだろう?でも、ミルクがもらえるのなら、まあなんでもいいや。
一人と三びきの影が、少し長くのびていく。
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