「完全に男性向けだが、プレイヤーの性別を絞っていないソシャゲ」としてのブルーアーカイブ 私の大切なお姫様に何してるの!


私が書くであろう文章の中では一番真面目なたぐいの覚え書きです。

◆前置き:私が忘れられない記事

まゆちゃんは、プロデューサーさんのことが、好きでした。私はその《プロデューサー》という概念体に自己投影をしてゲームをプレイするわけですが。途中で、どうしようもない壁にぶち当たってしまいました。まゆちゃんが想定しているプロデューサーさんとは、明らかに男性のことなのです。

https://anond.hatelabo.jp/20160831021105

いきなりブルーアーカイブと無関係な記事の引用ですが……これは2016年に書かれた文章で、とある男性オタク向けソシャゲからの引退表明です。
当時は記事そのものの賛否を含めて様々な議論を喚起したようです。

穏当なところでは「同情はするが、結局のところ男性向けソシャゲに女性が越境しているのだから多少は仕方ない」といった消極的否定意見が多数派だったようです。

二つの「ようです」には、"私自身は数年前に偶然この記事を発見したため、リアルタイムに議論を追えていたわけではないよ"と逃げを込めています。当時の記事・反応を掘り起こすと、それぞれに思う所あるのではないかと思います。
現代と2016年で反応が極端に変わる可能性、果たしてどの程度あるでしょうか?


ともあれ、ひとつだけ大事な点を補足します。
引用したゲームの公式は、(私が知る限り)プレイヤーが演ずるロール「プロデューサー」について、(異性愛を前提とするなら)男性であるという一点を除き、シナリオ中で特定のプロフィールを定めてはいませんでした

同僚さんからご連絡だそうです…同僚さんって、もちろん殿方ですよね?

2016年と2023年現在で「異性愛を前提とするなら」の重みに大きな差があったであろう点については、公平性のためにも触れておく必要があります。



◆ブルーアーカイブ

ブルーアーカイブ内でプレイヤーが演ずるロールはシナリオ内で「先生」と呼ばれます。この「先生」、
・プレイヤーの分身であり、ゲーム内立ち絵や一枚絵などでは視覚的に一切描写されません。
・どんな姿をしているか、シナリオ内で特定のプロフィールが語られる事はありません。
・可愛い女の子たちを見守り、手助けし、時には導く立場にあります。
・プレイヤーが男性にとても偏っていることもあり、二次創作だと大抵は男性として解釈されます。
ここまでは前段落のゲームと似ています。


何が異なる点か。

公式のお墨付き!


シナリオを統括するディレクターは、「(プレイヤーである)あなたが先生です。だから、私たちがゲームシナリオ内で性別を描くことはありません」
とものすごく明快な方針を明かしてくれています。それも複数回に渡って繰り返し。
公式はプレイヤーが演ずるロール「先生」について、「あなた本人だ」と宣言しています。

ブルーアーカイブはオタク向けのゲーム※であり、ほぼ……少なく見積もっても95%くらい……もっと上かも……ほぼ男性向けのゲーム※※です。

※「我々オタクを肯定するゲーム」とシナリオを統括するディレクターが宣言しています。ここで言うオタクの定義については当記事の趣旨を外れるため棚上げ…
※※こちらは宣言されていませんが、美少女ゲームは一般に……うーん……

それでいて公式がプレイヤーに願うのは、(おそらくI am that I amとして)先生と視点を一体化させつつ、成熟した立場のあるべき姿を考える態度ただ一つ。これはかなり不思議な方針です。

開発段階でプレイヤーの大半が男性と想定される(実際内容も客層もその通りに一貫している)ゲームでありながら、間違いなく一貫して"男性オタク向け"のゲームであることを維持しながら、
画面の前のプレイヤーの性別は固定しなかった。
「変な口調」と謗られる大きなリスクを負ってでも、プレイヤーの分身(先生)の口調、一人称代名詞を中性的に訳した※。
わーお。商業的にはかなり不思議な方針です。私の大切なお姫様に何してるの!

※プレイヤーは普段意識しませんが(そしてディレクターもジャンルに国境は無いと宣言していますが)、ブルーアーカイブは韓国製のゲームで、テキストも韓国語からの翻訳です。韓国語は一人称に関して性差を付けていません。

◆この差は優劣ではない

現代日本で創作物に対して用いられる「男性向け/女性向け」というラベルは、性別や性自認ではなく性指向に基づいたジャンル分けです。
美少女動物園orイケメン博物館!

ところで、オタク向けソシャゲは間違っても万人向けを目指して作られるコンテンツではありません。

「あえて一部のターゲットに特化する事で需要により深く応える」という方針は十分に理にかなったもので、商業的にも一般的な倫理的判断です。的的的。万人向けではない(オタク向け)コンテンツでは、「規模を広げるために男女両面をターゲットに据え直したけれど、単にプレイヤー間の対立が激化し……」なんて大事故も時々発生するくらいです。

「あるオタク向けソシャゲがターゲット層を絞り込む」という判断については、社会的なインフラに関する議論……たとえば女性議員の比率をもう少し高めようとか、絶大な影響力を持つディズニーが作品内で旧来のジェンダーロールを見直すとか、そういった話とはまっっっっっったく異なる次元で語られる物事です。


嗜好品であるゲームシナリオが全て万人向けになる必要は一切ありません。Not for you / Not for meならば代わりはいくらでもあります。それが嗜好品としてのオタク向けコンテンツの原則です。

冒頭で引用した記事に関する「男性向けのソシャゲに女性が越境しているのだから…」という反応についても、(もう名前出しちゃおう)「アイドルマスターシンデレラガールズ」が全体として男性オタク向けであった点は数値として明らかです。否定的な反応にも排他性や差別性が込められていたわけではない※と思います。
オタク向け作品のターゲット絞り込みはバリアではない。

※アイドルマスターというシリーズは私が知る限り過去に大々々事故を起こしたタイトルでもあるので、痛みからくる排他性はそれなりにあったかも……?

私たちには想像力という武器があり、たとえ現実のプレイヤーと作中のロールが「多少」離れていたとしても、十分に豊かな想像力を介せば(ロールプレイとして)一時的な越境だって可能です。


◆とはいえ公式の言葉は重い 

でもまあ、「"私は猫である"と想像するより、"私は異なる性の人間である"と想像する方がずっと難しいんだけど……」と感じる人が現実に一定数存在する点は、うーん……想像に難くありませんよね。
社会的性は再生産される個人の認識の集合体ですから、考えるだけでも難儀な話です。

プレイヤーがゲーム内のロールを介し、「私である」と感じられるかどうか……
主観視点的に設計された「主人公の顔が無い」ゲーム(ソシャゲに限らず)の体験では、この一点が没入感にとても とても 大きく影響します。
まして、自分(だけ)を見ている(と設定されている)はずのキャラクター(たち)を本気で気に入ったのに、キャラクターの言動からは明らかに自分を見ていない(としか感じられない)……
これはオタクとしては間違いなく辛い。
イズナが明後日の方向見ていたら私は嫌です。



そんな時、公式のお墨付きにはとても強力な心理的サポート力があります。公式の正典ってオタク向けコンテンツにおいてはヒエラルキー上とても強いですからね。
「公式は姿を決めていない、だから主人公の性別も不明!」

「主人公は画面の前にいる※と公式に何度も保証されてる!」
ではまったく話が異なります。公式の言葉は重い。

※ブルーアーカイブの「先生」はシナリオ内で自身を主人公とは位置付けたがりませんが、ややこしくなるので省略します。


◆最終的に言いたい事

主人公のプロフィールを固定しているゲーム、自由に設定できるゲームは世の中にたくさんあります。
プレイヤーの分身である主人公の詳細を設定していないように見えるゲームも世の中にたっくさんあります。
主人公についてあなたであるから姿は描かないと公式で言い切る主観視点のオタク向けゲームは2023年現在とても珍しいです。
商業的な利点は怪しくも、ブルーアーカイブはそんな選択をしたゲームの1つです。偶像を作るべからず。わーお。
奇妙に見える判断もどこかで誰かの役には立つものです。

◆免責

繊細な話題なので一応……
その1
本記事中に但し書き無しで書いてある「男女」「性」「性別」などについては、全て20世紀以前の二分法(XX/XY、♂/♀、紐付いたシンボル🚹/🚺)が使われています。
私は染色体の例外的バリエーション・性自認のバリエーション・性に関わるその他諸々について21世紀時点最新の知見を理解していますが、今回は単純化と本題へのショートカットを優先します。必要に応じて適宜読み足してください。

その2
公平性を犠牲に記載していない要素があるため、焦点がやや(で済んでるかなこれ……)ボケています。分かってます。

その3
プレイヤーが人間(型の生物)以外に扮するゲームについては話を丸ごと省略しています。あまり関係ないため。

その4
記事中で2つの具体的なタイトルについて実際のプレイヤーベースを下敷きに"男性オタク向けゲーム"と大きく括りましたが、一方については私の主観です(公式から出た発言ではない)。

その5
記事中にいくらか宗教的なキーワードを散りばめましたが、全てブルーアーカイブにまつわる洒落です。私は信仰を持ちません。

その6
私はアイドルマスターシンデレラガールズについてもまったく詳しくないです。数年前にだいぶ遅れて触り、お風呂で媚薬を作る忙しい譜面の曲が親指の限界でした。


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