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私にはわかりません 下②

リビングを出ると玄関に続くカーペット張りの廊下に出る筈が
フローリングの部屋に飛び出した

は?
な……なんで

カーペットとはまるで違う冷たく固い感触が、唯一の現実感だ
当然だが、こんな部屋は自宅にはない
振り替えるとリビングの扉は消えていた

部屋はガランとしていて、広い
蛍光灯の明かりが小さな体育館を思わせる
ここは一体…

どこかわからない、というフリは出来なかった
わかっていた
ここは、あの…写真の男が立っていた場所

どこにも出口のない密室
フローリングの床、ロッジのような壁
壁は赤黒いような染みでペイントされている
いや、ペイントなんかじゃない
これは血飛沫

身体中が震えている
僕は裸だった
1本の棒で体を貫かれているように動けない
指ひとつ、動かせなくなっていた
何故だ?何故?

頭が重い
誰かに押さえ込まれたように俯く
蒼白い両足の甲が行儀よく並んでいる
助けてくれ…
助けてくれ!助けてくれ!
叫んでいるつもりが、囁くような声しか出なかった

と、キイー…と何かを引き摺る音がした
床を擦る、不快な金属音
ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくる

黒い半円
あいつが近づいてきている
ああ…そんなバカな
なぜ、僕がこんな目に?
僕は死体が見てみたかっただけだ!こんなことは望んでいないんだ

視界の左側に、小さな、黄色い爪の伸びた醜い足が見えた
あいつの足だ
ペタリ、ペタリと近づいてくる
汚ならしい、黒く変色した血液にまみれた足だ
恐怖と嫌悪で吐きそうだ
締め付けられる喉を振り絞り、言えたのは

なぜ?

だけだった

私にはわかりません

子供のような高い声がそれに答えた

反射的に顔を上げると、目の前には斧を振りかざした
子供のような老婆が立っていた

そして僕を見ると、無機質な声でもう一度

私にはわかりません

と告げ、思い切り両手を振り切った







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