見出し画像

短い物語P&D『埃誇線』

僕は初めて走る道に緊張し、ハンドルを少しだけ強く握っていた。
太陽は高く、空は青かったけれど、事故だけは起こすまいと興奮を抑えた。
それでも新鮮な景色は、自分という容量の空き領域に勢いよく流れ込んで来た。
観たことがあるような街並も、引き込まれそうな路地も、どれもが未開拓で眩しかった。
けれど、今日の僕は目的地に向かっていたわけではない。
運転しながら思い出すのは、自転車でどこへでも行けそうだった子供の頃。


途中にコンビニがあれば寄る。
気になった道があれば滑り込む。
そんな感じの無計画なドライブ。
決して制限速度をオーバーすることはないけれど、期待感だけは少しずつ加速していた。
やがて、その勢いを止めるかのような踏切が見えたけれど、風景はいっそう絵になった。
警報が聞こえてくると、僕は無理をしなかった。
この時、僕はここで止まるように誘導されていたのかもしれない。
通り過ぎてしまうだけでは、もったいない気がした。
線路のある風景は好きだ。
撮っておきたいと思った僕は、くたびれたガラケーを開いた。
写真の知識はメモ一枚程度で十分。
撮影のテクニックは不問。
雑に写したとしても、意外と良いのが撮れたりする。
ただ、撮り過ぎには注意。
想い出が薄れる気がしてならない。
僕は揺れる遮断棹の真ん中辺りにレンズを向けた。
右の方から音が近づいて来た。
僕は静かに緊張し、構えた。
満足できる瞬間が撮影できれば、たった一枚でも満足だった。


そして、車両の先端が画面に飛び込んで来た。
僕は撮影ボタンを押した。
すると、いつもと違う機能が働いた。
録画はしていないのに、映っている車両がゆっくりと動く。
なぜか動画となった一枚が、スロー再生を始めていた。
おそらく誤作動か、把握していない機能。
いや、違った。
おかしくなっていたのは僕の視覚だった。
突然めまいに襲われたような気分。
僕は画面の外へ視線を移した。
ゆっくりと通り過ぎて行く一輌の電車。
運転室の乗降口を見ると、窓には人影。
運転士だろうか。
はっきり顔は見えなかったけれど、僕の方を見ているようだった。

突然のクラクションが僕を通常モードに戻した。
少し慌てはしたが、徐行することを忘れずに線路を越えた。
そして、急かされるようにアクセルを踏む。
「乗らないのかい」
あの窓から僕を見ていた人は、そう言っていたのかもしれない。
そんな事を考えながら更にスピード上げた。
バックミラーを覗くと、踏切の上で風に舞う落ち葉が見えた。
「待って。一緒に連れて行って」
そんな声が聞こえてきそうだった。 ~終わり

いいなと思ったら応援しよう!