短い物語P&D『24時間劇場』
僕は途中から入場した。
いきなりトイレのシーンだった。
足早に入店して来た男がトイレに直行し、ノックもしないでドアを開けようとした。
けれど開かない。
先客が使用中だった。
男は直ぐに諦め店を出ようとした。
来た時とは違う通路を抜けようとすると泥酔して床に倒れている若者に躓きそうになった。
僕には横たわる男が仲間に見捨てられた末の醜態のように見えた。
トイレを使えなかった男は、口から何か出しながら寝ている若者を跨ぎ、何も言わずに店から出ていった。
ようやく気づいたスタッフが介抱を始めると、別のスタッフがトイレのドアをノックし始めた。
早く出てくるようにと怒り気味の声で繰り返している。
すると、中からご機嫌な男女が現れ、笑いながら店を出ていった。
レジの方ではでは数人の列が発生していた。
会計中の男が両替を求めている。
カウンター上にはガムと壱万円札のペアが二組。
お釣りを千円札でよこせと言っている。
女性スタッフは笑顔のまま困惑していた。
そこへ割って入ってきた男がいた。
黒いベストを着た白髪混じりの紳士は、一見するとバーテンダー。
無言でその場を制し、壱万円札を手に取ると、三回折って握った。
そしてワン、ツー、スリー。
握った手を開くと、壱万円札は千円札十枚に変わっていた。
もう一枚も手品で両替してもらった男は、喜んで店を出ていった。
慌ただしい店だ。
でも、店を出ていった客は何一つ買っていない。
僕は冷静に次の展開を予想した。
待ち合わせの時間まで店内で時間を潰そうとしている人がいるかもしれない。
もしかしたら臨店とやらで来ている関係者が潜んでいたり。
やがて舞台には次々と人物が登場。
要冷蔵の商品を常温商品の棚にリリースしていく男。
年齢認証が必要なのに素直に画面にタッチしない男。
停電があった日、電子マネーが使えなかったことに愚痴をぶつけている男。
この店の監視カメラの映像はエンターテイメントになると僕は思った。
音声もあれば、更に楽しめる。
この現場は、何かの縮図だ。
不特定多数の人々がすれ違い、時にぶつかれば、学べることもあるだろう。
24時間営業というのは、24時間公演のこと。
台本の無いエンドレスなステージ。
おっと、忘れていた。
僕も出演者の一人だった。
スムーズに会計を済ませて帰らねば。
価値ある客として、笑顔で店を出て行こう。
~終わり