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短い物語P&D『オトナガイ』/『イマドキ』

■短い物語P&D『オトナガイ』

今日は新製品の発売日。
ミニチュアモデルのシリーズ。
いわゆる食玩。
太陽系の九個の惑星を模した球体が一個入ったブラインドBOX。  
全十種類の内シークレットがひとつで、冥王星も惑星として数えてるらしい。
僕は当日、近所のコンビニへ走った。 

自動ドアが開ききる前だというのに、体のほとんどが店内。
年甲斐も無く興奮しているような気がした。
缶コーヒーのおまけにだって誘惑されてるくらいだから仕方ない。
けれど、レジ前の人だかりが気分を曇らせた。
既に出勤ラッシュは通り過ぎたはずなのに渋滞している。
そこ以外は外野席だった。
なんて狭いスタジアム。
男のでかい声がぶつかって店員の女の子が後ずさる。
何が起きてるのか知らないけれど、僕の職場でも同じ景色が拝めるのは事実。
ただ、僕にはカウンター上に積まれていたある物が見えてしまった。
あれこそが求めていた商品。
なぜ3カートンも。

僕は推測しながら近づいて、様子をレジの様子を伺う。
その時だった。
突然の目眩。
いや、地震だ。
間違いなく揺れている。
僕は目だけで状況を探った。
他のお客も油断していた様子。
そのうちに陳列棚の商品たちも騒ぎ始めた。 小さな悲鳴がして、頭をかばう人が奥に見えた。
けれど、この時の僕はなぜか落ち着いていた。
ここが自分の部屋なら、蛍光灯から垂れ下がる紐の先端を真っ先に見つめていたはず。
幸い、揺れは直ぐにおさまった。
床に散乱する物は無かった。
店内に流れるCMが、直ぐに現実へと戻してくれた。
笑顔で感想が飛び交い、にわかに僕らは繋がった。

地震のおかげでレジ劇場は終幕していた。
「女性店員VS男三人」の結果はコールドゲーム。
連中は諦めたらしく、数個を手にしてお帰りになった。
捨て台詞っぽいのが聞こえたけれど、いつものことだと思えた。 
僕はといえば、一つだけ買った。
既に嬉しさは遠いどこかへ。
早く中身を見たいはずなのに嫌な気持ち。
しばらくの間はレジのシーンも何度か再生されそうだ。
そういえばスマフォの緊急速報が黙っていたのは何故だろう。

その夜、僕は洗濯物を取りにベランダに出た。
近くまで来てる梅雨の匂いみたいな風を受けながら月を探した。
雲一つない夜空だったけれど、彼女はいない。
見える星をつなぐこともできなかった僕は、ふと見上げた大型ビジョンに釘付けになった。
ライブ映像が流れていた。
「笑って歩こうよ」
そう歌っていた。
その言葉を想いながら部屋に戻ろうとした時、遠くの空が一瞬だけ光った気がした。
雷とは違う色。
体に悪そうな赤。
しばし耳を澄ます。
雷鳴は響かなかった。
気のせいだったのだろうか。

明日の未明、新しい島が誕生したことが世界中に知れ渡る。
場所は太平洋の中心。
どうやら地震の影響らしい。
十数個の細長い島が並ぶように隆起していると伝えられた。
衛星が撮影した写真も公開されて……誰もが思ったに違いない。
それから、まだ人類は知らなかった。
もうずっと前から目をつけられていたことを。
太陽系は大人気で、まして地球はレア中のレア。
それは悪い噂なんかじゃない。
人類は幼いから、こんな買い方を想像できない。
いつまでもこんな世の中じゃタメなのに、街はどこも危うく騒がしい。
だから僕は自分の都合で今日は祈る。
笑って過ごせます様に。 〜終わり


■短い物語P&D『イマドキ』

近頃の“龍乗り”は、なってない。

昨日の話しだ。
駐龍場の枠からはみ出して止めていた。
よく躾けた龍なら自分から収めるんだが。
どうやら乗り手に問題があるらしい。
オレはそんな事を考えながら店に入った。
痩せた男がカウンターの向こうに立っている。
「いつもの」なんてオレには合わないから、
指差した瓶をひとつ、彼から手渡してもらうだけ。
オレは肩まで酒に浸ることはないが、この店にはまっていた。
狭い店だが人気がある。
マスターの音楽好きは有名で、稀に演奏も披露した。
彼は、あるバンドに狂っていた。
オレはカウンターの端っこでお一人様が常。

抑えたランプの灯りが人の表情をけだるく見せる。
壁には新しい枠にはめられて窮屈そうな絵画。
カウンターの下のBARにはゴツいブーツの客が足を乗せている。
カウンターの上の低い梁の上に飾ってあるのは左利き用のベース。
今夜もそいつだけがまともに見えた。
この前と違うのは、一杯飲み終わる前にことが起きたこと。
カウンターの前に五人の男が屯していた。
皆、オレより上背がある。
どうやらお勘定の真っ最中らしい。
支払いを任されたヤツがもたついている。
酔いがまわっているんだろう。
床にコインを何度も落とした。
周りの連れが笑ってからかう。
黙ったまま待つマスター。
敵に取り囲まれ、因縁つけられてるみたいに見える。
彼のゆっくりしたまばたきは時を数えているようだった。
一対五。
分が悪い。
見物する方が身のためだった。
「割り勘じゃないんなら支払うヤツだけ残っていればいいだろう。他は静かに外で待っていろよ」
そう言いたくなったオレを制したのは、店に入って来た男だった。
ドアに押された空気が灯りを激しく揺らす。
すべての客が男に注目した。 
「誰だ。あんな止め方してるのは。やり直せ」
落ち着いた口調だった。
静かな店内を見回す男。
カウンターの五人はどんな男なのか知っているらし。
みるみる小さくなって帰り支度を急いだ。
男は何も言わずマスターに頭を下げた。
彼も常連らしい。
オレとは反対側の奥にある小さなテーブルへ。
そこがお決まりの席らしい。
ここからは顔がよく見えないが、男が何者なのか気になった。
歳は五十代といったところか。
若者を叱るなんて今どき珍しい。
やがて五人は勘定を済ませた。
マスターに金を手渡し、「すいません」と一言。
少々ふらつきながらも足早に出て行った。
お決まりの捨て台詞の無い静かすぎる終劇。
悪いヤツらじゃないんだよな。
今どきのヤツらっていうだけ。
外につないである龍は、あいつらのだ。
おそらく親が与えたんだろう。
あいつらの龍は本当に最高。
体格も立派。
鱗も美しい。
立派な鞍も似合っている。
風の抵抗を考慮した装備や目立つための装飾も悪くない。
けれど、龍には少し重そうだ。
オレは、こう思うようにした。
あの龍の主は、扱いが下手なんだ。
頭を前にして止めようが、尾から入れて止めようが、操る腕が悪いんじゃ仕方ない。
そう思うようにするよ。
いい龍だったけれど、それよりもオレが惹かれたのは、あの男だった。

そんな空想をしながら、僕はコンビニの駐車場で同志を待っていた。
季節は、そろそろ秋。
冷たくなった風が隣のワンボックスにぶつかる。
よく見ると枠をはみ出して駐車していた。
世間の風当たりは、黒いフィルムで遮っているらしい。
僕はどうしたいのかといえば、それが何より難しい。
これが現実、たった今。 ~終わり

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