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クリエイションとしての鑑賞サポート——多様な人々の集う舞台芸術へ(その3)

鑑賞サポートは誰のために、何のためにあるのだろうか。「超ダイバーシティ芸術祭」を掲げるTrue Colors Festivalでは、フェスティバルの全ての演目でさまざまな鑑賞サポートが提供されてきた。その実践からは、アーティストと観客とのあいだで、より豊かな鑑賞体験を提供するための媒介として機能する新たな鑑賞サポート像が立ち上がってくる。それは言わばクリエイションとしての鑑賞サポートだ。True Colors Festivalでの取り組みには、アーティストと観客のあいだに立ち、ともに作品を創造し鑑賞体験を提供してきたプリコグという制作会社の新たな実践と、アーティストと観客双方のことを考えてきたプリコグだからこそ実現できたクリエイティブな試行錯誤があった。2つの演目での取り組みを紹介する。

▼アーティストと観客とのあいだで——鑑賞サポートのコーディネートという仕事

鑑賞サポート受付

True Colors MUSICAL会場の様子(提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS、撮影:冨田了平)

兵藤  フェスティバルにおけるアクセシビリティということを考えるにあたって、まずは当事者芸術・障害者芸術にどのような前例があるのかをリサーチするところからはじめました。アクセシビリティは公演会場での鑑賞サポートだけでなく、広報、客席設計、情報保障など、制作業務のほとんどの部分に関わってくるので、それらを総合的に把握するところからはじめる必要があったんです。
リサーチの結果を踏まえつつ、True Colors Festivalのアドバイザリーパネル(フェスティバルの運営や施策に様々な観点からアドバイスを行なう外部有識者)の方からアドバイスやフィードバックもいただきながら、フェスティバルや各演目の運営は進んでいきました。
フェスティバルの演目ごとにどの鑑賞サポートを提供するかについては作品やイベントの内容と密接に関係することなので、最終的には作家や制作の人に選んでもらわないといけない。事務局としては、こういうときはこういう鑑賞サポートを導入すると作品の演出上も有効です、などというようなかたちで提案をしていました。
そうやって演目に合わせて必要な提案や調整をするのが事務局の運営を担当していたプリコグの役割でした。もちろん、適切な提案や調整をするためには事務局としても鑑賞サポートについてよく知っている必要があるので、個々の鑑賞サポートの具体的な部分についてもリサーチは行なっていました。
たとえば、舞台での字幕や手話通訳については、アドバイザリーパネルの廣川麻子さん(TA-net)に相談に伺ったんです。いろいろな方法をご提案いただきました。舞台上の俳優が話す位置に合わせて字幕が投影する方法、話す人によって文字の色を変える方法、あるいは話した言葉の横にその人を表すアイコンを出す方法など。そうなってくるともう字幕の見せ方によって鑑賞者の鑑賞体験が大きく変わる、つまり鑑賞サポート自体を演出する必要があると思ったんです。アーティストや作品と観客とのあいだをデザインする制作としては、舞台芸術における鑑賞サポートは、創作の段階から俳優や美術や照明や音響などと並行して一緒に作って行くのが理想だと思いました。
プリコグは鑑賞サポートを専門に扱う会社ではありませんが、作品をどのように観客に届けるかという風に考えれば、プリコグがこれまでやってきたことの延長線上にあるとも言えます。それどころか、鑑賞サポートもまたクリエイションの一部なんだと考えれば、それはまさに、アーティストと協働してクリエイションを観客に届けることを実践してきた舞台制作者の出番であるとすら言えると思うんです。

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True Colors DANCE会場で案内をする兵藤茉衣(右)。True Colors Festival事務局では運営全体の進行管理を担当。(提供:日本財団DIVERSITY IN THE ARTS)

▼クリエイティブな鑑賞サポートのための試行錯誤——True Colors DIALOGUEの場合

当初2020年3月に公演予定だったTrue Colors DIALOGUE ママリアン・ダイビング・リフレックス/ダレン・オドネル『私がこれまでに体験したセックスのすべて』(以下DIALOGUE)ではプリコグが演目自体の制作も担当。それまでの事務局運営でプリコグが得た経験を最大限に活かして、多くのアクセシビリティに関する取り組みが実施される予定だった。公演自体は新型コロナウイルスの影響で残念ながら中止になったものの、すでに始動していた稽古場では鑑賞サポートの実施に向けた調整も進んでいた。現場では具体的にどのような取り組みが行なわれていたのか。演目の制作デスクを担当した佐藤瞳に聞いた。

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True Colors DANCE会場で案内をする佐藤。(提供:日本財団DIVERSITY IN THE ARTS)

佐藤  DIALOGUEでのアクセシビリティに関する取り組みについては、それをどう提供するのが公演としてベストかという話からはじめられました。アクセシビリティに関する取り組みや鑑賞サポートについてはフェスティバルの他の演目でもさまざまな形で実施されてきていましたし、プリコグが公演における鑑賞サポートについてなにが提供可能かをある程度知っているところからスタートできたのは、True Colors Fesitval事務局にプリコグが関わる以前の公演制作とは大きく異なる点です。
DIALOGUEでは、可能なかぎり多くの鑑賞サポートを実施するという方針で公演の準備を進めていました。アクセシビリティ全般を統括する立場として、芸術における障害の問題に詳しい、キュレーターでプロデューサーの田中みゆきさんに入っていただき、より充実したアクセシビリティ対応を目指して動いていたんです。公演には字幕や手話通訳、音声ガイド、託児プログラム、True Colors JAZZ東京公演でも採用されていたパイオニア株式会社さんのボディソニックという音に対応して振動する機器などが導入される予定でした。
でも、鑑賞サポートを導入することを決めても、それでそのまますぐに公演当日というわけにはいきません。字幕だったら事前に字幕のスクリプトを作っておかないといけないですし、舞台のどこに映し出すかも検討する必要がある。アーティストの意向と鑑賞サポートとして必要な条件をすり合わせて落としどころを見つけていく作業はとても重要です。例えば、舞台上に文字を投影することが必要以上に意味を持ってしまうような演目で字幕を利用するにはどうしたらいいか。観客の手元にタブレットを用意してそこに字幕を出すのはどうかと提案するのも鑑賞サポートのコーディネートを担当する制作の仕事のうちです。

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True Colors MUSICALでのタブレット端末利用の様子(提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS、撮影:西野正将)

DIALOGUEの演出を担当していたダレン・オドネルさんには、なるべくシンプルな舞台美術にしたいという意向があったので、字幕については結局、舞台上方に映し出すスタンダードな形式に落ち着きました。
一方で手話通訳については、上演中に手話通訳者がどこに立つのかを検討する必要がありました。出演者と同じように舞台の上に立つのか、それとも舞台の下に手話通訳用の場所を用意するのか。そういうことを検討するために、手話通訳、音声ガイドの担当の方には稽古場にも来ていただいきました。
DIALOGUEは出演者の動きが少ない演目で、出演者は座ったまま個人的なエピソードを話します。そういう作品で、音声ガイドにはどういうタイミングでどういう情報を盛り込むべきか。音声ガイドナレーターの彩木香里さん、田中さん、演出のダレンさんと、音声ガイドは説明しすぎず、たとえば衣装や表情の描写を盛り込むことにしようと方針を確認したり。音声ガイドでも出演者の人となりを伝えるために、彩木さんは稽古場に繰り返し足を運んで出演者がどういう人なのかを知ろうとしていました。

兵藤  多くの鑑賞サポートは舞台監督との調整も必要になります。たとえば、振動クッションのボディソニックは座席に設置して利用するものなので、どのような座席配置だったら利用している人もしていない人も快適に鑑賞できるかを検証しておく必要がありました。座席の配置によって客席数が変わってくるので、それについては票券の谷津とも相談しつつ。そうやって、多くのセクションと調整を重ねながら鑑賞サポートのコーディネートを進めていました。
そうやって、コーディネートの担当者に知見が蓄積されていけば、鑑賞サポートは単に補助的な鑑賞手段ということではなく、よりクリエイティブに作品を開いていくものとして活用できるようになるはずです。

▼体験を豊かにするための鑑賞サポートという考え方——事前解説とタッチツアー

True Colors MUSICAL ファマリー『ホンク!〜みにくいアヒルの子〜』では、字幕や音声ガイドといった上演中に利用できる鑑賞サポートに加え、作品鑑賞のポイントを説明する事前解説と、舞台上で衣装や舞台美術を触ることができるタッチツアーが開催された。担当の栗田結夏は、事前解説やタッチツアーは、作品の上演そのものには干渉することなく、作品の鑑賞体験を豊かにすることができる方法であり、同時に、作品と関連しつつも独立した一つの体験を提供できるものなのだと語る。

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True Colors MUSICAL事前解説の様子。左が栗田。True Colors Festival事務局では事前解説やタッチツアーなど関連イベントの企画・運営を担当。(提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS、撮影:冨田了平)

栗田  鑑賞サポートというと障害者のための、というイメージがありますが、必ずしもそうではなくて、鑑賞サポートは観客の鑑賞体験をより豊かなものにするためにある、と考えることができると思うんです。
海外から来たアーティストの公演では、作品の背景についての解説がパンフレットに載っていたりします。読まなくても作品を楽しむことはできるかもしれませんが、それを読むことで気づける作品の面白さもあるはず。
たとえば音声ガイドは、主に視覚障害者のための鑑賞サポートと位置づけられています。でも『ホンク!』は英語上演だったので、単に英語がわからない人が日本語音声で聞くために使ってもいい。字幕を追っていると舞台の上で起きていることを見逃してしまうこともありますよね。True Colors MUSICALのときは字幕よりいいということで音声ガイドを使っている方も実際にいらっしゃいました。
もちろん、ほとんどの鑑賞サポートはメインの利用者を想定して用意しています。今回の事前解説では、発達障害や知的障害のある方、子供が主なターゲットということで、物語を簡単な日本語でまとめたものを写真つきで話したうえで、楽しむコツみたいなのものをいくつか説明しました。

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True Colors MUSICAL事前解説の様子(提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS、撮影:冨田了平)

でもそれは誰が聞いても鑑賞のヒントになるもののはずなんです。『ホンク!』では猫の役が二人一役で演じられていたんですけど、演劇を見慣れていない人にとってはそれは混乱の元かもしれない。でもそういう演出があるんだということをあらかじめ知っておけば、安心して物語を楽しめます。
タッチツアーも、主な対象は視覚障害のある方ということになると思うんですけど、実際には発達障害・知的障害のある方やお子さんなどいろいろな方がいらっしゃっていました。舞台美術とか衣装に触れる機会ってあまりないですし、舞台の上にあるものに実際に触れてみることでより作品に対する興味が増すこともある。そうでなくても、何かに触ってみるというのは、作品と関連しつつ、それとは別の、ひとつの独立した鑑賞体験としても成立するものだとも思います。事前解説やタッチツアーはまず第一に、初めて見るものだと見つけるのが難しいかもしれない、作品を楽しむためのきっかけみたいなものを知るための場なんです。もちろん、全員がそれを利用する必要はない。見た後に考えたい人もいれば、事前に作品についての情報があった方が見やすいと思う人もいる。鑑賞サポートは作品も楽しむための方法の一つ。そう考えれば、鑑賞サポートは誰でも利用可能なものであっていいはずですよね。そういうウェルカムな雰囲気を作ることが、鑑賞サポートの存在を「他人ごと」ではなく「自分ごと」にしていくことにもつながっていくとも思うので。

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True Colors MUSICALタッチツアーの様子(提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS、撮影:冨田了平)

兵藤  鑑賞サポートの提供には様々な調整が必要で、それは業務的には負担と言えるかもしれません。でも一方で、鑑賞サポートもまたクリエイションの一部だと考えれば、そこにはまだまだ未知の可能性もあるんです。アーティストが鑑賞サポートについて十分に知っていることは現実的には難しい。でも、アーティストと私たちプリコグとが協働して鑑賞サポートをクリエイションに導入することで、より豊かな体験を創り出すことができるようになるはずです。アクセシビリティだけでなくクリエイティビティの面でも鑑賞サポートには可能性がありますし、そこにこそ私たちプリコグの仕事はあるんだと思います。


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取材・構成:山﨑健太

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