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『プラータナー』短文レビュー募集――結果発表!
国際交流基金アジアセンター主催「響きあうアジア2019」プログラムのひとつとして東京芸術劇場で開催された『プラータナー:憑依のポートレート』東京公演(7月7日閉幕)では、観劇した皆さんからの短文レビューを募集しました。
募集詳細:AWRD―短文レビュー募集
公演期間中、Twitterとポストくん(劇場ロビーに設置した感想BOX)に寄せられた投稿。その中から、作品を受け取り自分のことばで感想を届けてくださった方を公演スタッフがピックアップしてご紹介します。
すべての投稿を、公演に関わる一同が胸を熱くしたり、ホッとしたり、反省しながら、受け取りました。たくさんの投稿をありがとうございました!
※precogでは好意的なご意見も、ご批判も、ひろく募集することで作品に対する言論空間を豊かにしたいと考えておりましたが、# 付きでご批判を頂くことは難しいようで、ピックアップすることが叶いませんでした。こちらの枠組みについては今後再考していく予定です。
▶Twitter #プラータナー より
言葉がグサグサ刺さって痛くて、それを労わるように流れる時間は優しくて、たゆたう身体は生々しく、確かで。
— 小林玉季 Tamaki Kobayashi (@_oOsawaOo_) July 3, 2019
観客として、芸術に救われている者として、人間として、共鳴して、流れる時間と空間に身を任せて心をパッカリ開けてたら殺られて涙が出た。
1人じゃない。それならこれから。#プラータナー pic.twitter.com/Cs8YnE4P9O
テキストの力もさることながら、1つ1つの動き、シーンの必然性と説得力。社会や政治との距離を示すという演劇の力。岡田利規さんの力。演劇の、岡田さんの可能性。ロスジェネ万歳。#プラータナー
— Kaoru Kurazumi (@KaoruKurazumi) July 9, 2019
その空間に展開された人生に中に放り出されて、少しづつ溶けていく、正直のところ一回見ただけではなかなかすべてを見ることができないし、そもそも途中で寝たりしたんだからなおさら。性や暴力、芸術の政治、青春の切なさがグラデーションで、 続く #プラータナー
— Yama・Yoshida(吉田山) (@NohrYshd) July 3, 2019
「#プラータナー:憑依のポートレート」観劇。普遍的であると同時にかつて観たことがない物語を脳みそ拡張しながら自分の中に入れていく体験だった。優しく包み込む印象だったタイ語が、最終的に強く突き刺さるものとして聞こえてきたのは、言葉が私に関係しているものになったってことなんだろうな。
— tomoko ogawa (@tometomato) July 4, 2019
SEX(しかもゲイと普通の?男女のSEXの)経験がが繰り返し繰り返し表現されるんだけど、緻密な計算がなされていて、 決して劣情的なものには陥らない。そしてその主人公たちの身体に課せられる様々な制約や歴史的出来事が、見事にタイという国の在り方の政治的メタファーになっている。#プラータナー
— 矢野靖人 Yasuhito YANO (@YasuhitoYANO) June 27, 2019
ふう…
— 谷啓吾 (@t_k_5) July 5, 2019
落ち着いた 笑
「#プラータナー:憑依のポートレート」
今、メディアも通信もこれだけ発達したが、
舞台は、遠くの人や出来事や熱を伝える吟遊詩人の役割に立ち戻り、
必要とされる時代になるんじゃないか。
とまで思った。
普遍的だけど、観る人によって全く違う刺さり方する作品だと思う。 pic.twitter.com/hTXZNydzV6
ウティット・ヘーマムーン×岡田利規の『プラータナー:憑依のポートレート』を日曜日に観てきました。休憩時間を含めて四時間という長丁場、当日券の滑り込みだったので観客席の階段にお座布団を敷いてという尻の拷問だったが身体的な苦痛を上回る静かな興奮がありました。#プラータナー
— M.I.T.日本文学部@文フリ東京 ト-16 (@MIT_nekoze) July 10, 2019
俳優から技術陣から全て見える状態にありどこからどこまでが物語なのか曖昧で、それが寧ろ人生そのものだった。私が私を描く時、私はあなたになる。時代の変化とともにあなたもずっと変わり続けて来た。24年の時を生きた四時間。自分に重ねようとすればする程苦しく、思い返す程に痛い。 #プラータナー
— 瀬崎 昭和 (@bluen_dpost) June 29, 2019
見る者見られる者、いったい何処にその境界があるのか。客席と舞台の間に渡されるビニールテープ、舞台とスクリーンを繋ぐカメラ、「言葉の壁」、高度に計算された普遍性。まだ全然整理できてないが描かれる内容の密度が240分に収まっていることにも驚き…。#プラータナー pic.twitter.com/KtLJAKQkrV
— tetsu umehara (@Tzwei_0221) June 29, 2019
『芸術は社会の中の余白みたいなもので、「まっさらな紙にいつでも落書きしていいよ」という自由をいつでも担保している。』
— Natsuko (@natsuminazuki) July 6, 2019
「プラータナー」芝居のフライヤーから。
社会の余白、いい言葉。そう、余白があるからこそ世界は生き生きできるのよね。#プラータナー
舞台演出がとてつもなく面白く、“あなた”の人生を覗き見ているんだけれど、それをさせられていて逆に見られているような、何とも言えない感覚を味わう舞台だった。
— 三輪ひかり (@hikarim10) July 5, 2019
「愛」の対義語に「欲望」と置いているのも印象的で、触れ、絡み合う身体が持つ感情を考えずにはいられなかった#プラータナー pic.twitter.com/P1KgRCpb5o
『プラータナー』というこの大作を、好きであろうと嫌いであろうと、作品を理解せよ、前向きに鑑賞に取り組め、という熱量-小説、ムック、トークイベント、観客向けワークショップ、が凄くて、創作側の熱意を感じた。#プラータナー https://t.co/1nhR6zziCb
— ah (@meteologist2016) June 28, 2019
「俺達もう終わっちゃったのかな?、バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ」というのは好きな映画のラスト、プラーナターとは直接関係はない。この舞台には主人公の人生20数年が込められていてその時間を感じるためにはこの4時間は最低限必要なのだろうと思えた。続く #プラータナー
— Yama・Yoshida(吉田山) (@NohrYshd) July 3, 2019
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その空間に展開された人生に中に放り出されて、少しづつ溶けていく、正直のところ一回見ただけではなかなかすべてを見ることができないし、そもそも途中で寝たりしたんだからなおさら。性や暴力、芸術の政治、青春の切なさがグラデーションで、 続く #プラータナー
— Yama・Yoshida(吉田山) (@NohrYshd) July 3, 2019
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聞きなれないタイの言葉、しかしタイミングよく投影される字幕を見ているわけにもいかない、思い切って全体を見る、わからない。しかし、常に何か大きな力に敗北している気配とモラトリアム、分かりあうことの難しさ。そんなこの物語にはやはり同上のアノ映画のセリフが似合う。 #プラータナー
— Yama・Yoshida(吉田山) (@NohrYshd) July 3, 2019
▶ポストくん(感想BOX)への投稿より
以上、この記事にてご紹介した方には『プラータナー』の公演記録集:憑依のバンコク オレンジブックをプレゼントいたします。公演スタッフよりTwitter経由でご連絡差し上げますので、送付先をお知らせください。
短文レビューを募集することで、観客席の声をご紹介した今回。
先日公開した記事では、キャストによる舞台側からの声もご紹介しています。ぜひ合わせてご覧ください。
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