俺の体内に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
俺の体内に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
本当に安置できてしまったので仕様がない。急にそんな事を言っても信じてもらえないと思うので、まずは半年間のあの事件のいきさつについて説明していこうと思う。
俺の実家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
そうだ、どのような基準で我が家が栄えある聖火安置一家に選ばれたのか全くもって分からないが、せっかくこんな名誉的な役目を頂いたのだからと、俺達一家は軽い気持ちで了承した。親父が発狂したのはそれから半年後の事である。
無理もないだろう。聖火の安置が決定した途端、マスコミ共が押し寄せるわ夕方のニュースで我が家の一挙一動の様子が一つのコーナーになるわ、聖火管理に対するクレーム電話が絶えず来るわ『TOKYO2020に聖水リレーを開催する会』なる胡乱な団体から強迫ポストされるわ、多大なストレスに俺達一家は晒され続けて来たわけだ。それでも国から助成金が下りるからと思い耐えてきたのだが、親父がtwitter上で聖火家族クソコラグランプリなるハッシュタグが盛り上がっているのを目撃した途端、父の感情は臨界点を突破した。
こんなモン家にはおけんわァァァと叫び、家具をなぎ倒し聖火台をブン回す親父は何を思ったか、俺の体内を新たな聖火安置所に決定したらしい。慎ましもどこか力強く燃え続けるオリンピアの炎が、親父によって俺の口内にねじ込まれる。舌が焼けただれる感覚に喘ぎもがくも、炎は喉元もで達し、そして……これが上手い事安置できてしまったのだった。具体的に言うと、ねじ込まれた聖火が俺の全細胞と共鳴し融合した結果、俺という存在は人間から聖火安置生命体へと昇華されたのである。
時系列がややこしくなってしまったが、要するに、俺の実家に聖火が安置されたのが今から1年前、安置場所が俺の実家から俺に移ったのが半年前だと分かってもらえればいい。今となっては好奇の目も収まり親父も健康を取り戻した。今日は新学年の始業日、そよ風に乗せられる桜の花びらを背に、俺は高校への通学路を爆走す。
決して寝坊した訳ではない、聖火安置生命体は走りを止められないのだ。聖火を身に宿した俺は、どうやら世界によって聖火ランナーとして存在を定義づけられているらしく、常に聖火リレー……即ちランニングをし続けなければ生きていけない体質になってしまったという訳だ。誠に迷惑千万な体質である。お陰で俺は授業をランニングマシン上で受けねばならないし、湯船にもマトモに浸かれず、食後には必ず脇腹痛に苛まれる羽目になるのだ。かのいだてんと呼ばれたマラソンの父金栗四三も、きっと俺を見たらびっくりするだろう。もっとも睡眠中も走っているので、俊足の神よりかはマグロの方が近いが。そんな事を思っていると左前方の曲がり角から妙に演技臭い女の声がした。
「いっけなーい!遅刻遅刻!」
こいつも寝坊ではない。この凛夜という名の同級生はあからさまに俺に思いを抱いており、今日もこうして曲がり角でバッタリぶつかり出くわすアレを再現しようと画策してしている訳だ。俺は加速し真凜をスルーした。
「あっこの!いい加減素直に僕と衝突しろ!」
「どーしてんな事に拘ってんだ!」
スカされた凛夜はすぐさま方向転換し俺の後を追いかけてくる。……これがここ二ヵ月程の、俺達二人の通学風景だった。思えば、アイツも随分足が速くなったものだ。くっきりと隈の刻まれていた顔も多少なりとも明るくなったように見える。凛夜と初めに出会ったのは去年のクリスマス頃、ゲームセンターでの事だった。当時俺は聖火人間になった影響でDance Dance Revolutionが滅茶苦茶上手くなり、最高難易度の譜面も余裕でクリアできる訳だからいい気になり、前にも増してゲーセンに通い詰めるようになっていた。
そんな時に当時不登校でゲーセンに入り浸っていた凛夜と話し合う様になり、段々と打ち解けていった。悩み話とかも聞いている内にわだかまりも消えていったらしく、こうして再び登校するようになったのだ。もっとも、俺以外に誰かといる姿を見たことがないので、うまくやっているのか不安ではあるが……そんな感じで二人で道を駆け抜けていると、また別の見慣れた連中と合間見えた。校門前に陣取るのは黒塗りの違法改造消防車一台と、白いヒマティオンを纏ったならず者らが三名。『TOKYO2020に聖水リレーを開催する会』だ。連中の代表格が叫ぶ。
「我ら真なるオリンピアの伝道者也!聖火人よ、今日こそ聖水リレー開催の犠牲とドワ~ッ!?」
連中はホースで聖水をブチ撒けようとしたらしいが叶わなかった。連中の乗っていた消防車が突如爆発し、赤と橙のコントラストを描く炎が天にも昇る勢いで立ち上がったからだ。奴らは逃げ惑い、爆発的に燃え盛る消防車は瞬く間に不浄の灰と変じた。俺は溜息をつき、後ろで凛夜は「やっぱスゴいな……!」と汗水垂らしながら歓喜していた。
――聖火人間になって得た副作用は走りの力だけではなかった。俺はこの身に宿す聖火を任意の地点に"遠隔点火"する事が出来る。能力の有効範囲は、俺の肉体の半径約185m……即ち、古代ギリシアにおいて陸上競技の距離基準に用いられた単位、1スタディオンに相当する。遠くに点火した聖火は線香程度の大きさにしかならないが、至近距離なら今の様に極大の炎を生み出せる。……全く、こんな過剰な能力、何の役に立てばいいんだか、聖火安置生命体の力に俺は内心呆れていた。
それが今日、あんな出来事が起こるまでは。
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その瞬間、職員室に文字通りの暴風が吹き荒れた。大量の書類や小物類が室内を舞い、驚いた教員達は窓を閉めようとする……だが無意味であった。風の源は外界ではなく、今しがた入室した女子生徒その人だったのだから。
「失礼します。今年より本校に転入させて頂きます、二年の姉喪院 あすかです。よろしくお願いしますわ」
あすかは全校共通のセーラー服を身に纏っていたが、その端正な顔立ちに茶色がかったロングヘアー、上身の佇まいの美しさから、彼女を目にした教員達は気品めいた物を感じ取れた。しかし最も注目すべき事は……彼女が脚を、ダバダバとマンガ走りめいて足踏みしていた事であろうか。教員達の当惑をよそに、彼女は大きく宣誓する。
「そして私は聖風をこの身に安置する聖風生命体、必ずやかの聖火を頂戴いたしますわ」
【続く?】
Q. 急にどうした?
A. こちらです
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