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最初の晩餐
今宵もいつも通り、妻が作りたての夕飯をテーブルへと運んできた、本日の献立は、スマホケースのムニエル、ボトルキャップの浅漬け、ハンガーのカーテン巻き、それと白飯であった。
……ハッと顔を上げると、妻と兄妹は既に食事を初めていることに気が付く。妻に俺に向かって怪訝な顔をするので、俺は箸を動かし始めた。俺はまず初めに白米を口に入れ、続いて白米を頬張る。
「パパ〜!おれもその皮ケース食っていい?」
長男が俺のスマホケースムニエルを指差して強請ってきた。見ると、周りの三人のムニエルはプラスチック製で、俺のムニエルだけが革製品のものであった。俺は箸を用いてスマホケースを......去年妻から贈られた誕生日プレゼントを、一口大に切り分け長男にあげた。長男は顔をほころばせ、卓上のインク瓶を手に取りケース片に勢いよくインクをかける。
「このカーテン巻きのタレ、スクラッチの銀カスが隠し味?」
「ブブー!正解はリモコンのボタンの内三の倍数のものから取ったダシでした!」
「ええー難しい!」
皮ケースを頬張る長男の脇で、長女と妻が仲睦まじく会話していた。長女はここ最近料理に興味を示しており、ほんの少しだが妻の料理を手伝ったり、使われた材料、調味料を当てるクイズをしている。冷や汗が俺の頬を伝いテーブルに落ちる。
「……体調悪いのかしら?」
いよいよ妻が俺を心配してきた。俺と彼女が付き合い初めてから早十六年、俺の様子がおかしい時はすぐに看破される。少し間を置いてから、俺は箸を手に取り、ペットボトルのキャップを掴む。そして、口に放り込んだ。左手を口に当てながらゆっくりと咀嚼し、咀嚼して、それから飲み込んだ。
間を置かずして、俺の箸は妻に贈られた皮ケースの方へと動いたのだった。
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本作は伊藤緑さんが主催されている「原稿用紙二枚分の感覚」の参加作品です。