きみと、力士の彼方の夢を見る
地球外気圏内へ到達したケプラー442b星人達は驚愕した。青く緑豊かな星だと推測されてきたこの惑星は肌色だった、より正確に言えば、地球の上空が肌色の何かによって完全に覆われていたのである。
「どうなってる、まさかこれが"地球人類"なのか……?」
調査員の一人が表面拡大映像を見て慄く。そこに映っていたものは、幾重にも重なり密接し合いながら地球上空を飛行する無数の成人男性。彼らの人種は様々ったが、その頭髪や着衣は不気味に統一されていた。
……星人らは知る由もない事だが、飛行成人男性群の髪型はまげ、衣服はマワシと呼ばれるそれであり、その外見は力士に酷似していた。想定外の事態に騒然となる船内、これに対し艦長は「対象は所詮生物、電子砲を照射し蒸発させれば着陸は可能だ」との判断を下す。そして一行は飛行する力士の海へと突入し――
それを最後に消息を絶った。
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「ねえ押川さん、空の向こう側には何があると思います?」
地下居住区画、その最奥の暗室で私の友人の夜見切はそんな話を切り出した。この狭くて退屈な女将の世界で、切が私にしてくれる話が唯一の楽しみだった。
切と私はまだ半年前に義務研修を終えたばかりで、同じちゃんこ製造ラインに配属されている間柄だ。曰く彼女はコンピュータ上に残る太古のアーカイブに独自の手段でアクセスできるといい、そこで得た情報をいつも私に話してくれる。例えば、私達の知る力士と女将という二種族はかつて男性と女性と呼ばれていた事、その頃地上は極寒の暗闇などではなく、そこで男女が共に自由に暮らせていた事力士も女将も数多ある職業形態の一つに過ぎなかった事……
それが真実かどうかの確証はない。でも、女将として幾兆幾京もの飛行力士達に尽くす事の尊さばかり説く大人たちの話よりずっと楽しいし、それが本当だったら実に痛快だろうなと思う。三日前、突如空から鉄塊が落ちてきて、その影響でちゃんこ成層圏射出パイプが損傷した時、周りは大変な騒ぎだったけれども、私は内心どこかわくわくしていたものだ。切に影響されていた私は内心、辟易するばかりな常識が、日常が、いつか崩れ去ってしまわないかと願ってたのだ。
そしてたった今、私の日常が決定的に崩れ去った。
「そう言っても、あまりに色々あるので一言では表せないのですけど…」
いつも通りの澄んだ声で語る切さんの横で、全身傷だらけの"人"が椅子に縛られ、口元も塞がられていた。否、この緑色な肌で、絵本に出てくる怪物の様な人相であるこの者を人と呼ぶのは不適切だろうか。ともかく私は目の前の出来事を理解できず絶句するしかなかった。切はその者の頭にポンと手を置いた。
「例えば人だっているんです、昔の人は宇宙人、って呼んでいたそうで」
【続く】