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友人に尽くしすぎるのをやめたら楽になった

こんにちは、ぺろです。
久しぶりの更新になってしまいました。
今回はタイトルの通り、友人に尽くしすぎるのをやめたら気が楽になったということについて話します。そのまんますぎですね。


早速ですがつい最近まで、私はめちゃめちゃ気を遣う人間でした。
これは、嬉しいことに弱音を打ち明けてくれる友人が多いことと、私が気にしいな性格であることが要因です。
友人に嫌われたくないあまり、相談されたら全部に全力で応え、辛そうにしていたら自分から声を掛け……ということを複数人相手に行っていました。
特に、不幸が続いてギリギリの精神状態にあった友人をとても気にかけていたので、ここ数ヶ月の間、ほぼ毎日気を張った会話をしていました。
不用意な発言で相手を傷付けたくはありませんからね。

でも、これってものすっっっっっっっっごく疲れるんですよ!!!!!

こんなこと言うと友人に申し訳ないですが……。(しかも自分からやってたくせに)

自分が経験したことのないことで落ち込んでる相手を慰めるのは大変です。想像力をフルに働かせて、一生懸命相手の気持ちに寄り添っていました。本当に出来ていたかはともかく。

人の相談に乗っている時の脳みそは、
話を聞く→相手の気持ちを想像する→話す内容を考える→表現に問題がないか考える→伝える
これの繰り返しです。これを何百、何千と繰り返すのですから骨が折れます。
しかも会話なので、すぐ答えないといけません。言葉に詰まって長考したな、と思われるのも相手を悲しくさせちゃいそうで嫌だし……。こういう余計なことを考えてさらに思考にエネルギーを費やします。
そしてそのうち私は、相手を満足させる回答を言わなきゃ!という観念に取り憑かれ、ネットで「状況別・言われたら嬉しい言葉」を調べまくっていました。やばいですね。
この時の私はもう他人のことばかり考えて、自分の苦しみをフル無視していた状態です。

こんなことをしていると当たり前に限界が来ます。それですごい病みました。酷かったです。
友人との会話が終わったら家族に愚痴ったり、自分から聞きにいってるのに私はカウンセラーじゃないと怒ったり、もうめちゃくちゃでした。学校も行けなくなりました。
しまいには決壊して逆に友人に慰めてもらったのは恥ずかしい思い出です。

そんなこんなで疲弊しきった私は、あることに気付きます。

別に、ここまで他人に尽くす必要は無くない?

今の私はさながら過干渉の親。自分の行動で相手をコントロールしようとする支配欲のモンスターである、と。
実際、これは本当にそうだったなと振り返って思います。
相手を過度に気にかけ、マメに連絡をとり、自分の全てを与えることは歪んだ愛です。というかそれは愛ではなく、支配欲の発露なのです。
Twitterで見かけて驚愕したのですが、健全な関係とは、ありのままの相手を良しとし、適度な距離を保つことだそうですね。今までの私って健全じゃなかったんだ……。

それから私は少しだけ、友人から距離を取りました。もちろん深刻そうな時は相談に乗りますが、1人でも立ち直れそうな時は見守るに努めます。前は流れてくる全部の球を拾っていました。マジで過干渉だった……。
そもそも家族でもこんなに寄り添わないものなのに、それを友人にやってたの本当にどうかしてましたね。

その結果、自分にリソースを割けるようになり、精神状態がかなり改善しました。
もちろん他の要因もあると思いますが、友人と適切な距離を置いたことが1番効いたと感じています。

人生において、他人との距離感は思っている以上に重大なファクターであるということ。これには気付いているつもりでしたが、その実全く分かっていなかったです。やはり、物事は自分で体験しないと腹落ちしないものですね。
今も気付けば激詰めしていてハッとすることがあるので、意識していかなくちゃなりません。
これからは健全な肉体と精神のためにも、物理と心情の両面で他人との距離を置いて過ごしたいと思います。


さて、話は以上になります。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
年の瀬も近くなり、寒さも厳しくなって参りました。皆様も健康には気を付けて、暖かくお過ごしください。

なんかもうこれで今年終わる雰囲気出してますが、これですぐ明日とかに更新してたらウケますね。
ではまた!

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