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【長編小説】分岐するパラノイア-weiss-【S23】

<Section 23 世界の名を語る>


喫茶室から出てまた図書館を若い案内人の男と歩いている。
彼の気遣いや態度に心地よさを感じて随分甘えている気もするが、
私にとっては願ったり叶ったりだった。

「うーん。そうですね。あの作家のことを巡ると言い放った割には
なかなか彼の経歴の詳細はなかなか資料が少ないんですよ。」

若い男は例の端末を見ながら苦戦しているようだ。

「そうですよね。私もあの老人が作家だなんて信じられなくて。」
私はこの男の前では正直になれるようだ。

「彼本人に聞いてみられましたか?」

「それが、その。彼はすごく高齢で、なかなか話が、、、」

「通じない?」

「そうです。意味不明な単語ばかりなのでちょっと意思疎通が難しくて。」

「ふむ。ならばやはり記録から探るしかないですね。」

私は彼の察しの良さと、切り替えの速さにどんどん惹かれていき、
彼の言葉に笑顔で答えた。

「あなたが借りられている本の中に、【バシレウス国に伝わる100の伝説】というのがありましたね。」

確かにそのタイトルには覚えがあった。
無造作に手に取った本がたしかそんなタイトルだった。

「今回の展示の中にバシレウス国の文化についてまとめた場所があります。
とりあえずそこから周ってみましょう。」
彼は端末を腰に戻し、急に右へと方向を変えた。

「何か手がかりが?」

「わかりませんが、あの作家、ギャロ氏がバシレウス国について書いたのならば何か手がかりがあるかもしれません。」

「たしかに。」

「そもそも一作家がこの街のことならいくら書いていてもおかしくはないのですが、バシレウス国そのものに触れる作家は珍しいんです。
例えば、シャルトット・ボーエンだったり、ジャヤ・サンクルハートだったり。この二人もバシレウス国そのものに触れていますが、中身にについては
本当にお粗末なものです。」

「そうなんですか。」
私は例に出された二人すら知らなかったことが少し恥ずかしかった。

「おそらく出版前にバシレウス国からの検閲が行われたのでしょう。
都合の悪い部分などは検閲で削られたり、修正させられたりしたというのが実際にありましたから。
ですからどちらの著書のタイトルや内容の中でバシレウス、という言葉は一言も出てきません。」

「え?じゃどうしてバシレウス国だとわかるんですか?」

「先ほど例を挙げた二人の作家どちらも“我が街を支える国”という文言を使っています。もちろんこの街のバックアップを担っているのはバシレウス国ですからちょっと学のある人ならばバシレウス国のことだと理解できます。」

「それは隠す意味があるんですか?」

「一般の街人たちが“街の外”に興味を持つことは危険なことだという古い慣習のせいですかね。そしてこの面識のない二人の作家が同じ文言でバシレウス国を表現しているということが、バシレウスの検閲が実際にある、
バシレウス国が関与しているという証拠のうちのひとつです。」

バシレウス国の存在は知ってはいたが、さほど気にならなかった私も
“一般の街人”なのだ。それが今、というか数日前からそうではなくなるような気がしていた。
ミハイルと話をすることが億劫なのは、
もしかしたら彼が【記録士】であり、この街以外のことも当然知っていて私にその線を越えさせようとする雰囲気がどことなく感じられたからかもしれない。
要するに、“真実を知ってしまう恐怖”だったのかもしれない。

「そんな中、堂々と【バシレウス国に伝わる100の伝説】というタイトルにまで“バシレウス”という言葉が入ることはこの本以外にありません。
バシレウスの検閲をどうすり抜けたか、もしくはバシレウス公認なのか。
それはわかりません。」

若い男はとある扉の前に立ち、私がドアノブ横に設置された機械にIDをかざすのを待っている。
機械音とともにロックが解錠される音がして、中へ入る。

その部屋にはバシレウスの生活風景のスケッチや装飾品、
数十冊の書物が所狭しと並んでいる。

「バシレウス国、といいましても生活の大まかな部分はこの街とさほど変わりません。朝起きて、仕事をして、家族との時間や自由な時間を過ごし、眠りにつく。ただ違うのは文化や習慣、そして技術力です。」

若い案内人は大きな額に入れられた古い設計図の前に立った。
私はその一歩後ろに立ち設計図を見た。

「これはバシレウス国の科学者たちが開発したとされる時空転移装置です。」

「時空転移装置?テレポーテーションですか?」

「テレポートとは少し違います。この装置は時空、いわゆる世界をまたぐことができる装置とされています。」

「世界をまたぐ?」

「ある世界から分岐し、それに並行して存在する世界を行き来できるんです。」

「ちょっと、よくわからないですね。」
私はもう正直に言うことにした。
こんな奇想天外な話をわかったつもりで聞いていたらいつかボロが出る。

「ですよね。わかりやすく言うと、この世界でないどこか違う世界と繋がることができる装置です。
どこか違う世界というのが本当に存在するのかはわかりません。
しかし理論上存在するとされています。

たとえば・・・あなたが朝ごはんをベーグルにするかサンドイッチにするか迷ったとします。結果あなたはベーグルを選んだとしましょう。

もちろんこの世界ではベーグルを食べるあなたが存在する。
その一方でサンドイッチを選んだあなたも存在する。
どちらかを選んだ瞬間、世界は分岐したんです。
ベーグルを食べる世界とサンドイッチを食べる世界と。」

「その、サンドイッチを食べている世界も存在するってことですか?」

「その通りです。あなたはベーグルを食べるという世界しか認識できません。実際にあなたはベーグルを食べているのですから。
しかし分岐した世界では、同じようにサンドイッチを食べていることしか認識できないあなたが存在する。」

なんとなくわかったような気がする。なんとなく、である。

「私たちは毎日毎時間、毎分毎秒、選択をしながら生きています。
その無限に行う選択の数だけ世界はある。
いえ、その選択されなかった世界でも選択を繰り返し、また世界は分岐し、
その世界でも、というように無限に広がっているのです。
そして、その世界を自由に行き来するために開発されたのがこの装置です。」

「違う世界に行けるんですね。」

「とは言え、これが実際に作られることはありませんでした。」

「え?こんなすごいものよく作らないでいられましたね。」

「正直、今の理論もこの設計図も机上の空論に過ぎないんです。
そもそもこちらからは別の世界を観測できていませんので。」

「じゃあ今の理論やこの設計図はどうやって?」

「こちらからは観測できていませんが、あちら、要するに違う世界からはこちらを観測できたようなのです。
そしてさまざまなメッセージを、いや偶然かもしれませんがメッセージや
物体をこちらに転送してきたそうです。
バシレウスの科学者たちはそのメッセージや物体を調査研究しさきほどの理論に辿り着いたというわけです。」

私は何か騙されているような気分だった。
この世界から分岐した世界が同時に存在する?
頭がおかしくなりそうだった。

「さきほどの理論にも名前があるんです。」

「名前が?」

「はい。パラレルワールド理論、とよんでいます。」

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