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【短編小説】風に吹かれて

蝋燭の炎はゆっくり揺れていた。
ゆっくり揺れている炎を眺めているほど、タケロウには時間はなかった。

たくさんの蝋燭の中で一際勢いよく燃える炎はタケロウのものではないことをさっき死神から聞いた。

「いい音楽っていうのは、簡単に時代を越えるっていうか、いつの時代でもどんな時に聞いてもいいもんなんだよ。」

死神はずっと音楽の話をしている。

「例えばボブディランとかさ、いつ聞いてもいい曲だって思わねぇ?
なかなかないんだよ、若い時に聞いていた曲で歳をとっても聴ける曲って。」

「お前、そもそもいくつなんだよ。死神に年齢ってあるのか?」

死神は汚く笑っている。

「なぁ、そろそろ見つけた方がいいかもよ。」

「わかってるよ。」

タケロウの蝋燭はすでにそこにはない。
探しているのは、タケロウ自身の蝋燭ではない。

ここにきてどれくらいの時間がたっただろう。
ウロウロ歩き回り、目当ての蝋燭を探すが、一向に見つからない。

「ボブディランの“風に吹かれて”って曲があるだろ?ベタだけどあれが好きなんだよ。」

「へぇ。ほんとベタだな。“ニワカ”だって言われたことないか?」

言い終わる前から死神は“風に吹かれて”を小さく歌い始めていた。

「もうまったくわかんないな。キリがない。同じような蝋燭ばかりで、どう探していいのかわかったもんじゃない。」

タケロウはいらついていた。
大きさや炎の勢いは各々違えど、色や形はまったく同じ蝋燭である。
その中から目当ての一本をノーヒントで探すことはほぼ無理に近い。

死神は“風に吹かれて”をもう半分まで歌い切っていたところで急に歌うのをやめた。

「まだ探すかい?」

タケロウは無言で無数の蝋燭を見つめる。

「なぁ、どうしてまたあの子の蝋燭を探したくなったんだい?」

「見ておきたいんだ。本当にあるのかどうか。」

「おい、それってないかもしれないのか?わかってると思うけど
ないってことは死んでるってことだからな?」

「わかってる。だから、あるってことを見ておきたいんだ。」

「物好き、というか。変わった奴だな。これだけ探してないってことはもう“ない”ってことなんじゃないか?」

死神は蝋燭に近づき、しげしげと眺めた。

「“男はどれくらいの道を歩けば人として認められるのか”ってか。」

死神は、“風に吹かれて”の一節を皮肉混じりにつぶやいた。

「で、見つけてどうするのよ。見るだけか?」

「まぁ、見つけた後考えるよ。」

実はタケロウにはある考えがあった。
ここにきた時一番最初に目に入ったあの勢いよく燃える蝋燭の場所だけは忘れていなかった。

「まぁ、ヒントになるかわかんないけど。一応、ね。疲れてきたし。
蝋燭には一見違いがないように見えるけど実は誰が誰のものかわかるようになってるんだよ。そうじゃないと死神が見分けられないだろ?」

「じゃあお前には明確に誰のかわかってるってことだよな?
それはヒントにはならないな。だってそんなことはここにきた時すぐにわかったさ。お前、あの勢いよく燃える蝋燭をおれのじゃないって即答したろ?
見てわかるってことじゃないか。」

死神はまた皮肉を含んで言った。

「探すまでもない。死んでるお前さんの蝋燭はここにはないからさ。
ましてや燃えてるなんてことはない。なんせ死んでるんだから。」

至極まっとうな意見にぐうの音も出なかった。

「だからな、死んでる人間の蝋燭はここにはない。
そして死神はここにある蝋燭のすべてが誰のものかわかる。
もちろんおれも知っている。お前さんが探してる奴の蝋燭も知っている。」

タケロウはゆっくり蝋燭の方へ向き直す。
死神はどうやって判別してるのか。

「なぁ、一個だけ教えてやるよ。死神ってのは何も人を殺す神様じゃないんだぜ。あくまでも基本は寿命を終えた人間を迎えに行くだけなんだよ。
裏を返せば、寿命が残ってる奴を無理矢理連れて行くことはできないってことさ。無理矢理殺すことも、ましてやその蝋燭の炎を消すこともできやしない。」

タケロウはなんとなく手がかりを得た。
そんな空気を感じ取った死神はまた歌い始めた。

“答えは、友よ、風の中さ。答えは風の中を舞っているのさ。”



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