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【短編小説】青い終曲

旅に出てからもう随分と経った。
残してきた彼はうまくやっているだろうか。

あてもなく村から村へ渡り歩いてきたけど、いい加減もう疲れた。
僕は川べりの土手に腰掛けた。

定住しようと思ったこともある。でもそれは周りが許さなかった。
どこへ行ってもこの見た目で追い出される。
どんな人からも怖がられる。

昔、同じような見た目の集落で暮らしたことがある。
幸せだった。
誰も差別することも、されることもなく平和で争いがない集落だった。
でもある事件がきっかけで争いが増えはじめた。
そんな集落が嫌になって、僕は一番仲の良かった彼と集落から逃げ出した。

僕と彼は放浪の末、集落から遠く離れた山奥に住み始めた。

彼は山奥の家に近い集落の者たちと仲良くしたいと言い出した。
僕は計画を立てて、彼をヒーローにした。
僕が村を襲い、彼が助ける。
そんな幼稚な計画だった。

僕はこの計画がバレて彼が悲惨な立場にならぬよう、
ひっそりと山奥の家を旅立った。

戸口に手紙を残して。

彼は集落であれだけひどい有様を見て逃げ出したのにも関わらず
また人と関わろうとした。
僕は逃げた。関わることから逃げた。
彼の気持ちは痛いほどわかる。
仲良く平和に暮らしたい、誰かに優しくされたい、優しくしたい。
痛いほどわかる。

しかし、僕はだめだった。
僕もっもちろんそう思う。思わない日はない。
だがどうしても彼のように自分から歩み寄ることはできなかった。

今でも幸せに暮らしているだろうか。そうであってほしいと願う。

「やっと見つけましたよ。」

白い鳩が話しかけてきた。
「僕を探していたのかい?」

「そうですよ。お手紙を預かってます。」
鳩は羽の隙間から手紙を取り出して僕に手渡した。

そこには懐かしい彼の字があった。

「ありがとう。でもどうしてここがわかったんだい?」
なぜ鳩は放浪している私を見つけることができたのか気になった。

「居場所がわからないけど、他の手紙を届ける道すがらもし見つけたら渡してくれってさ。」

それでは、と鳩は小さくお辞儀をして飛び立った。

彼は僕を覚えてくれていたのだ。
手紙を開こうとした瞬間、細く速い音が耳を刺した。

風の音よりもずっと細く、空気を切るような速い音。

一本の矢。

一本の矢は背中から僕の胸を貫いた。僕は顎を引いて、矢の先を見た。
鏃は真っ赤に染まっている。

胸のあたりが熱くなる。
足の力が抜けていく。
立っているのか座っているのか一瞬わからなくなった。

自分が土手に横たわっていることに気づいたのは、青い草の匂いを強烈に
感じたからだ。

視界はどんどん狭くなっていく。
懐かしい字の手紙は血がついてしまった。

ごめんよ。
ちゃんと読んで返事を書くから。
なくさないように強く握ると、手紙はクシャッと歪んでしまった。

遠くから声が聞こえる。

「やった!やったぞ!」
「ついに仕留めたぞ!」
「例の青いやつだ!」
「これで村のやつに大きな顔ができるぞ!」

二、三人の人の声。
そうか。
あの計画で襲われた村の人間か。
仕方ないな。

でも彼が今も幸せに暮らしているならそれでいい。
もう一度、君に会いたかった。
僕はもうこの世から消えてしまうけど、どうか悲しまないでほしい。
人間たちと楽しく平和に暮らしておくれ。

僕はもう何も見えてはいなかった。
視界は真っ暗で、体の感覚はなくなった。
すごく眠い。


意識も

ゆっくり

途切れていく。

さようなら、赤鬼くん。
君だけは幸せになってね。

どこまでも、きみの、ともだち。

青お   に  。

「やったぞ!ついに仕留めた!」
「やっと殺してやった!」

「これで赤鬼と青鬼、二匹ともいなくなったぞ!」

“どこまでも、きみの、ともだち。”





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