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【短編小説】世界が終わるその時に
世界で一番力を持っている国が地球が滅亡することを発表した。
大きな隕石が近づいていて、地球に落下するらしくどう頑張っても
避けようがないということであった。
現実は映画のように隕石に爆弾を埋め込んで爆破するとかできるなずもなく
もう諦めるしかなかった。
猶予は1年。
1年後には大きな隕石が落下し地球は宇宙の塵となってしまう。
世界で一番力を持っている国の中で、
もっとも頭がいいとされている人間が全世界生中継で全世界によびかけた。
「みなさん!もう地球は1年後にはありません!
みなさんはこのまま一生を終えてもいいのですか?
まだ世界には戦争がいくつもあります。
誰かの利益のために人が死んでいます。
ある国は飽食であり、ある国では飢餓である。
ある国では福祉が整い、最低限の生活が保証され、
ある国では福祉は言葉だけであり、実際は最低限の生活すらままならない。
地球滅亡を前に国同士、それぞれの国民同士いがみあったり、
蹴落としあったりすることに何の意味があるのでしょうか!
まずはあなたの隣人に愛を向けましょう。
もう地球の最後まで間がありません!
地球が、人類がすばらしい生命体であったと
全宇宙に誇れるように残り僅かな時を愛をもって過ごしましょう!」
その言葉に全世界の人間は感動し、共感した。
ほどなくして、すべての戦争は終結した。
その言葉通り、世界には愛が溢れた。
富める者は金を焼き、見返りもなしに働き始めた。
貧しい者は卑屈な心を捨て、できる限り働いた。
企業はこぞって利益を追求することをやめ、持てる技術を最大限に活かし、すべての人間へその恩恵を無償で与えた。
どの国の学校でもいじめはなくなった。
子供も理解したのだ。
家柄や成績、ましてや自身の鬱憤を晴らすための汚いいじめは何もおもしろくないということを。
それよりもいろんな人間と関わること、いっしょに遊べることの方が
楽しいことを知り、子供たちは毎日遊びに耽った。
生活のために働くことがなくなった。
だから学歴も意味をなさなくなった。
どの国の大学も、学びたいと思う者に無償で講義を行った。
講義には子供から大人までたくさんの人が参加した。
教室は人で溢れた。
ある者は地べたに座り、
ある者は壁にノートを押し付けひたすらにメモをとっている。
オンラインでもたくさんの人間が参加した。
滅亡が知らされる前ではコンピューターなんて手に入れようがない
生活をしていた者でさえ、企業が配る無料のパソコンで参加できた。
暴動はおろか、何の犯罪も起きなかった。
人々は滅亡を知らされる前よりも他者を気遣い、
他者を傷つけることをやめた。
ただ自分が、みんなが残り僅かな時を笑って暮らせるように
できる限り穏やかな気持ちで過ごした。
人種や宗教、思想に関係なく手と手を取り合い、
助け合い、さまざまな人とテーブルを囲んだ。
だれかの思惑や利益の有無が意味を成さなくなり、
初めて話せることがたくさんあった。
世界は誤解や嫉妬から解放された。
地球滅亡を前に人はやっと他者を受け入れることができた。
異端を排除することもなく、差別もなくただそこに存在していることを
受け入れた。
存在するということは、存在を許されているということを初めて理解した。
世界は平和になった。
1年後、とうとう地球が滅亡する日になった。
世界で一番力を持っている国のもっとも頭がいいとされている人間が、
地球最後の配信を行う。
地球人は固唾を飲んでその配信を見守った。
「みなさん。1年が経ちました。この1年間はいかがでしたか?
みなさんのおかげで世界は平和になりました。
数々の悲惨で悲しい戦争はすべて終結しました。
悲しい事件も恐ろしい犯罪も何一つ、この1年どの国でも起こらなかった。
飢餓に苦しむ子供は、たくさんの食べ物に恵まれました。
学びたくても生べない者はちゃんと学ぶことができました。
謂れなき差別を受けていた者も他者と手を取り合うことができました。
外に耳を傾けてごらんなさい。
利益のために緑をなくす開発の音や低俗な電子音の響きはもうありません。
聴こえるのは、鳥のさえずりと子供達が遊ぶ声です。
宗教も人種も言語も違う子供達が遊んでいます。
窓の外をご覧なさい。
夜空の中にそびえ立つビル群の中にポツポツと灯る光が今は見えますか?
誰も夜中まで会社にいることはありません。
全ての明かりが消えた今、見えるのは満点の美しい星空です。
世界は平和になりました。
世界を平和にできました。
みなさんが思惑や利益、金、名誉名声、そんなくだらないものを
捨て去ったとき初めて他者が他者であることを認めた。
世界は平和にできるんです。
それをみなさんがこの1年で証明してくれました。
みなさん、地球は滅亡しません。
隕石も落下しません。
地球の滅亡は真っ赤な嘘です。
私はどうやったら世界を平和にできるかを考えてきました。
その結果、全世界を騙すということで平和になるかもしれないと考えた。
それは正しかった。
今や、世界は平和です。
どうかこのまま平和に暮らしていってください。
この体制を崩さず、みなが笑顔で暮らせる地球という星で
本当に地球が滅亡する日まで、穏やかに暮らしてください。
それでは、みなさん。
さようなら。」
配信を観ている地球人たちは唖然とした。
誰も言葉を発することができなかった。
その配信から2日経った。
各国の要人たちは口々に「ふざけるな!」と騙されたことに怒りを表した。
それを皮切りに、人々は物を奪い合い、食べ物を独占しはじめた。
他者を肌の色や宗教、出身地などで差別をはじめた。
各地の学校では暴力やいじめが始まった。
各企業は自社の商品やサービスの無料配布をやめ、高額な値をつけた。
大学は無料講義をやめ、限られた人間だけに知識を与え始めた。
美しい満点の星空は消え、
その代わりそびえ立つビル群が煌々と輝き始めた。
鳥のさえずりと子供が遊ぶ声は消えた。
そのかわり開発のための重機のけたたましい音と、
低俗な電子音が街中に溢れた。
そして、ついに
ある国から一発のミサイルが発射された。
そのミサイルには、悪魔の爆弾が搭載されていた。
その一発の悪魔の爆弾を搭載したミサイルは
一発では終わらない。
別の国も発射した。
また別の国も。
ほぼ全ての国で悪魔のミサイルは発射された。
悪魔のミサイルが世界中を、地球上の全てを這い回る大戦争となった。
そして、人類は滅亡した。