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真実と虚構の短編集

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さまざまな登場人物が繰り広げるちょっと変わった日常。 あなたはこの日常の本当の姿を見抜くことができますか?
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短編小説【真実と虚構の短編集】まとめ

タイトル:【真実と虚構の短編集】 01:名前を忘れた女 02:外泊する女 03:月曜の深夜 04:待ち人 05:オレンジは時計仕掛けか? 06:Before my story... 07:Bad good morning 08:ショッキー奥村という男 09:貧者のジレンマ 10:到着地点とその過程についての考察 11:よういちのビールクッキー 12:ノストラダムスと少年 13:見えぬものこそ。 14:四足歩行で何が悪い。 15:ワレワレハ、ウチュウジンダ! 16:天文学部

【短編小説】茜が見る雨

 茜が憂鬱なのはポツポツと降る雨のせいではなかった。 席に座り、窓から見える景色だけを見ていた。 運動場はびっしょり濡れているのだが、雨粒はほとんど見えない。 細く小さな雨、霧雨のような雨なのだろう。 傘を持たず外へ出ても、濡れている実感はさほど感じないが 服はずぶ濡れになるという厄介な雨だ。 「茜、あんた何かしたの?」 「どうして?」 「生活指導の堀がよんでるよ」 「あ、そう」 茜の目は運動場だけを見ていた。 栞という友人は茜の肩に手を置き、茜の名を呼んだ。 「わかって

【短編小説】春眠

 中国の詩人である孟浩然は「春眠不覚暁」という詩を書いた。 現代語に訳すと「春の眠りは朝が来たのもわからない」という意味である。 現代語に訳したものを見ても、キヨトはよく意味がわからなかった。 キヨトなりに考えはした。 春は気候的に気持ちがよくて、朝がきてもなかなか起きられないという のんびり、ふんわりした詩だと解釈していた。  キヨトにとって朝はどの季節もわずらわしいものだ。 しかものんびり、ふんわりなんて言葉は一切存在せず、 ただ朝の光が体を刺し、重い瞼を開けなければな

【短編小説】オト と フミ

 夕暮れは見飽きた。 運転席に降り注ぐオレンジ色の夕日は眉間の皺を作り出す。 オトは会社員として働いてちょうど10年になる。 毎朝7時に家を出て、夕方6時には勤務を終え帰宅する。 1時間もかからず家に到着する。それから家族と夕食をとったり団欒を過ごす。その合間に吸うタバコは格別だった。 家族がいて、仕事もある。社会的見れば幸せの部類に入ってもいいはずだ。しかしオトの心は晴れない。  それは今日、たまたま再会したフミのせいかもしれない。 フミはオトの同級生である。フミは高校卒

【短編小説】見て見ぬふり

 私は《見て見ぬふり》が得意だ。 毎日、毎時間、毎分、毎秒、瞬間瞬間において《見ぬふり》をしている。 今日の朝は明らかに迷子であろう少年が半べそをかきながら駅の券売機の前に立ち尽くしていた。  周りの大人たちは気にはするけど、声をかけるべきなのか放置しておくべきなのかを躊躇しているようだった。 そういう大人ばかりでなく、逆に絶対に声をかけてなるものかという意固地なオーラが滲み出ている者もいた。 朝の忙しい時間に他所の子供にかまっている暇はないと、駅の雑踏の中で立ちすくむ子供

【短編小説】世界が終わるその時に

世界で一番力を持っている国が地球が滅亡することを発表した。 大きな隕石が近づいていて、地球に落下するらしくどう頑張っても 避けようがないということであった。 現実は映画のように隕石に爆弾を埋め込んで爆破するとかできるなずもなく もう諦めるしかなかった。 猶予は1年。 1年後には大きな隕石が落下し地球は宇宙の塵となってしまう。 世界で一番力を持っている国の中で、 もっとも頭がいいとされている人間が全世界生中継で全世界によびかけた。 「みなさん!もう地球は1年後にはあり

【短編小説】トラッシュ イン ザ カフェテリア

「誰でも若気の至りってあるとおもうのね。」 ユカリは大学の食堂にいた。 食堂とは言っても食事をしているわけではない。 テーブルには食堂の入り口にある自販機で買ったパックジュースだけが ひとつ置かれている。 ユカリはよく授業と授業の間の空き時間はこの食堂で過ごす。 ほどよくどの時間帯も人がまばらにいて、 混んでるわけでも空いているわけでもない。 そんな食堂が居心地がいいのだ。 同じ空き時間の友達とおしゃべりをすることが、 ユカリにとって今一番楽しい時間だ。 ユカリと

短編小説【飴】

タクシーからの風景は久しぶりだった。 自家用車とは印象が違う。 それは助手席ではなく、後部座席に座っているからだろうか。 マイコは携帯を手に持って入るが、窓の外に顔ごと向けていた。 若い時に、タクシーばかり使っていてことを思い出していた。 かなり贅沢な話で、生意気だと思う。 この歳になって初めてタクシーがいかに贅沢か、 いかに生意気であるかを知った。 もっと贅沢な話をすれば、 マイコはその若い時にタクシー代を払ったことがなかった。 毎回無賃乗車していたわけではない。

【短編小説】ドッペル&ゲンガー

「でね、よく見てみるとそれは自分自身だったの。」 藤村は黙って話を聞いていた。 その話がどれだけ現実から離れたものであるとしても、 最後まで聞いてやるのが礼儀だと思っているからだ。 「ね、怖くない?」 聞いているのか、同意を求めているのかわからなかった。 藤村は風邪をひいていた。 ベットで上半身だけを起こし、カップ入りの安いヨーグルトをプラスティックのスプーンでかき混ぜていた。 お世辞にもオカルトじみた話を聞かされるような体調ではない。 そのヨーグルトは、大学の友達で

【短編小説】風に吹かれて

蝋燭の炎はゆっくり揺れていた。 ゆっくり揺れている炎を眺めているほど、タケロウには時間はなかった。 たくさんの蝋燭の中で一際勢いよく燃える炎はタケロウのものではないことをさっき死神から聞いた。 「いい音楽っていうのは、簡単に時代を越えるっていうか、いつの時代でもどんな時に聞いてもいいもんなんだよ。」 死神はずっと音楽の話をしている。 「例えばボブディランとかさ、いつ聞いてもいい曲だって思わねぇ? なかなかないんだよ、若い時に聞いていた曲で歳をとっても聴ける曲って。」

【短編小説】望郷凱歌

トキオはタバコに火を付ける。 先端が赤く光り、煙が立ち上る。軽く吸って赤い光を強くする。 口からふわっと煙が漏れる。 トキオが吸っているタバコの銘柄は歴史が古く、年配の人が吸うようなタバコだった。そのためかよく喫煙所などでは年配の人に話しかけられた。 ヘビースモーカーというわけではないが、普通に吸う人より少し多い。 トキオは妻が淹れたコーヒーを片手にベランダでタバコをふかしている。 ベランダの窓の向こうではテレビの音と娘がはしゃぐ声が聞こえる。 その声に背を向けベラン

【短編小説】小道と自転車

小学校の時、自転車がすべてだったことを思い出したのは、 今まさに小学生ぐらいの子どもが自転車で歩く私の横を過ぎ去っていったからだ。 その自転車の子どもは少し腰を浮かせて、足に力を入れている。 半ズボンから伸びるふとももには力が入っているが、 上半身の発達が十分でないため、自転車全体は左右に揺れている。 それでも前に進むには十分である。 過ぎ去っていく子どもの自転車を後ろから見る。 買ったばかりではない。もう何年も使われているようだ。 この自転車の使用年数と子どもの年齢には

【短編小説】青い終曲

旅に出てからもう随分と経った。 残してきた彼はうまくやっているだろうか。 あてもなく村から村へ渡り歩いてきたけど、いい加減もう疲れた。 僕は川べりの土手に腰掛けた。 定住しようと思ったこともある。でもそれは周りが許さなかった。 どこへ行ってもこの見た目で追い出される。 どんな人からも怖がられる。 昔、同じような見た目の集落で暮らしたことがある。 幸せだった。 誰も差別することも、されることもなく平和で争いがない集落だった。 でもある事件がきっかけで争いが増えはじめた。

【短編小説】貧乏神とチケット

「おはよう。」 キッチンからコーヒーのいい香りと、貧乏神の挨拶が聞こえた。 「どうしたの?今日はやけに早いね。」 私は毛布にくるまったまま、キッチンへ声をかける。 「今日はね、予定があるんだ。なんとあのハルカちゃんとデートなんだ。」 「へぇ。よくデートまでこぎつけたね。」 「まぁね。でも無理矢理誘った訳じゃないんだ。似てるんだよ、いろんな感覚が。」 貧乏神は今日のデートがいかに決まったかを楽しげに教えてくれた。 この貧乏神は私に取り憑いている。 取り憑いている、と