Street Story
chapter 2 銀色の空間
強引な彼女に引っ張られて彼女が 俺のギターを 持っていたので着いていくしかなかった。
大通りから細い路地に入って行ったところにその場所はあった。
『ギャラリー SOLEIL』 その場所の名前。
大きな一枚ガラスの扉に ショーウインドウ。
銀色の雨粒が、打ち付けてはその軌跡を残す。透明なストライプ模様が、不規則に刻まれている。
その中には、当たり一面のひまわりが太陽の方を向いて立ち並んでいる大きな油絵がかかっていた。
『どうぞ 入って。』
中に押し込むように入れられた。
入ったそこは、今までいた雑踏と排気ガスのまじったざらついた空気を 遮断して、ピーンと していた。
水色。
そう。うすーい 水色。透明な水色だった。
ちょうど透明な池に潜って太陽をみたらこんな感じかなという感覚だった。
そんなに広くない空間に絵画や フォトグラフ、パネルが 並べて飾られてた。
そして ある一角に目がとまった。
銀色の空間。
彼女の空間だとすぐにわかった。
光と影で 彩られたいくつかの写真たち。
銀色の一角に吸い寄せられるように 近づいて行った。
『えっ!なんで わかったの?私の作品があるところ。』
持ってたギターケースを 丁寧に置いて 俺の方へ 早足で歩いてきた。
そこには、ブルースハープを奏でているうつろげな目をした黒人の年老いた男が、写真として切り取られていた。
その上には、明らかにスラム街だと思われる町のフェンスの前で十代の若者達が、でかいラジカセの周りでヒップホップらしきダンスをしている姿があった。
そのリズムまで感じ取られるような躍動感が写しだされていた。
あとはイタリアかどこか石畳の細い路上に腰掛けてギターを弾いている若い男。
『ね どう? 見せたかったのが、わかるでしょ。』
『あ!あの時の……』
そこに張り付けてあったのは他の作品とかなり風合いが違っていて色があった。
オレンジの夕焼けをバックに ギターを抱えて座ってる 俺。
俺自体は シルエットでその周り全体に美しい オレンジ、ゴールド、シルバー、光。そう、光が 切り取られていた。
『いいでしょう。』
得意げに言うと彼女は、俺の肩に肘を乗せてきた。 ズシッと彼女の重みを感じた。
いやじゃなかった。
『Street story』
音のある風景。
それがそこのスペースの呼び名だった。
あの後しばらく姿を現さなかったのは、これを撮りに行っていたかららしい。
一つ一つの場面について語り出した彼女は、こと細かく熱く俺に、語り出していた 。
まるでその場にいると錯覚してしまうほどだった。
その目は輝き、その頬はほんのり紅みを増して高揚しているのが感じられた。
彼女の仕事とはいえ 彼女自身が心から楽しみ体中で感じているというのがよく伝わってきた。
ほんとに写真が好きなんだな。
いや、人が好きなのか?
俺とは全く真逆の価値観だと思うがなんで彼女に惹かれるんだろう。
あの日の夕焼けやあの日の空気感があまりにも 居心地よかったから俺の体が、俺の脳が、感覚的に求めているんだろうか?
素直になれない心が俺の中には あった。まったく厄介な心だといつも思う。
一通り語り終えた彼女は、のどか渇いたらしく 『水、水。』と言いながら奥の部屋へ 入って行った。
俺はおもわず吹き出してしまった。
少ししてクールダウンした彼女が戻ってきた。
『あなたに 話たかったの。写真を見てもらうよりもこの人たちの音楽を語りたかったの。あなたの音楽に少しでもエッセンスになればと思って。余計だったかな?』
『ありがとう。うれしいよ。』
ほんとは、彼女が俺には十分エッセンスでそして、彼女に会ったあの時から俺の心は、歌い出していた。
溢れていた。
でも、本音をいえるほど素直な心は俺は持ち合わせてなかった。
ほんとに厄介な心だった 。
時間の経つのもわからずかなりそこにいたんだろう。
大きな ガラスの向こうは すっかり夜の世界になっていた。
ただ雨はまだ激しくやむ様子ではなかった。
ふと 時間の隙間ができてお互いなんの戸惑いもなく 唇を交わした。優しいキスだった。
『泊まっていく?この上私の部屋なの。』
そう言うとまた彼女は、強引に俺のギターをもって その部屋へとつかつか行きだしてしまった 。
望んでいたこと?
そう、たぶん会ったあの日から俺は、こうなることを望んでいた。そう感じていた。
彼女の強引さにちょっと感謝してしまった。何も考えなかった。彼女が、どんな素性でこれからどうなるかなど 明日には、もうなくなるかもしれない。このまま続くかもしれない。
ただ、感じるままに。そう、ただ感じるままに。
二人は、寄り添って深く静かに確かめあった。
肌があう。彼女のエキゾチックな顔をすぐ横で 見ながらそう感じた。
撮影のためか日焼けした彼女の顔を撫でながらいつの間にか 眠ってしまっていた。
目が覚めた時まだ彼女は眠っていた。俺は、仕事のために帰らなくてはいけなく、いっそ休もうかと思ったが、また厄介な心が俺に歯止めをかけた。
『また いつものあの場所で』
なぐり書きを残して急いで戻って行った。俺のテリトリーに。
歩きながら彼女とのことを考えていた。もう俺の脳の中のオレンジのしみは、銀色に支配されてしまい見えるはずがないのにその眩しさでつい目を細めていた。
銀色に包まれた彼女が、横たわっていた。目を閉じてもそれは消えることはなかった。
家に着くとすぐに俺は、溢れて出てきたものを 残す作業にはいった。溢れ出てしょうがなかった。
いつものHeinekenを片手にたまらない快感を得るために 作業を続けた。
眠るのも忘れて。
昨日のあの時間(とき)は、夢だったのか?
そう思わないといけない現実が待っていた。
もう俺の頭の中は、銀色でいっぱいなのに俺は いつものあの場所にギターをかまえて待っていた。
他のヤツらは目にはいらない。
彼女の姿だけを探していた。
歌う時もただ流してる。そんな感じだから足を止める奴なんていなかった。
銀色は
見えなかった。
どうしたんだろう? 何かあったのか?
彼女のなかで俺は、シミにもなっていないのか?
頭のなかの銀色を掻き消そうと必死にギターを鳴らしていた。
『いつわりの日常
ただ呼吸してるだけ
淡々とした日々を
ただこなしていた
あの時あの場所で
お前に会うまでは
無機質な毎日を
ただこなしていた
この世に生み落とされた時
二つに裂かれた魂がひき合うように
なにげなく出会い
さりげなく寄り添う
力強く抱きしめる
お前を感じるため
こころ寄せ合い
こころ震わせる
力強く抱きしめる
お前を感じるため
こころ通わせて
こころ揺さぶられる
Don't thinK. So feel.
何も考えずに
Don't thinK. So feel.
ただ寄り添う
Don't thinK. So feel.
今、この瞬間(とき)を
Don't thinK. So feel.
感じるだけでいい
Don't thinK. So feel.
Don't thinK. So feel.
Don't thinK. So feel.
ただそれだけでいい』
知らない間に涙がこぼれ落ちた 。
涙?なんで?
俺のやっかいな心の中にこんなに高ぶる感情が あったのか?
自分でも驚いてしまった。
一番カッコ悪い、一番鼻で笑ってきた
一番遠い感情と思ってきたのに。
人に見られないよう下を向いて、首を振りごまかしながらギターを弾いた。
でも、流れる涙を拭きたくはなかった。
頭の中の銀色、オレンジ、ありとあらゆる色を 消したくて、この涙 がすべてを洗い流してくれそうなので、そのままにしてギターを弾いた。
また モノクロに戻れるように、そのままにした。
俺の感情と反して今日は、やけに人が立ち止まる。
俺の歌に立ち止まる。
『Don't thinK.So feel.
何も考えずに
Don't thinK. So feel.
ただ寄り添う
Don't thinK. So feel.
今、この瞬間(とき)を
Don't thinK. So feel.
感じるだけでいい
Don't thinK. So feel.
Don't thinK. So feel.
Don't thinK. So feel.
ただそれだけでいい』
涙はもう乾いていた。
#小説 #ストリートミュージシャン #カメラマンの話 #ギブソン #創作大賞2024 #恋愛小説部門
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?