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Coffee story

エピソード1【アメリカン】

WEDGWOOD 『サムライ 』

入れたてのコーヒーの香りはとてもいい。何かの番組でやっていたが、コーヒーの香りを嗅ぐと、α波が出るらしく脳にα波が出れば出るほどリラックスしている状態だと学者が言っていた。
朝からコーヒーの香りを嗅いでいるわたしは、1日中リラックスしながら仕事をしていることになるが、実際はカレーや、ホットドッグ、禁煙ではないからタバコの煙などあらゆる香りに包まれているから脳の方もきっとめまぐるしく活動していることだろう。

1日の中で唯一ホッとする時間がある。ランチを過ぎて食べ終わった客もおしゃべりに夢中で、動かずにまったりとこのカフェを楽しんでいる時間。陽の光もいい感じに入り込んでだんだんと盛りを過ぎ斜めに差し込むころだ。

コーヒーを入れなおしコーヒーアロマを楽しんでいると彼は訪れて来た。
いわゆる常連さん。
私は、勝手に 『ゴルゴ』とその人のことを呼んでいた。
『ゴルゴ13 』。ありがちだが、眉毛が太く厳しめの目つきでデューク東郷に似ているからだ。
ゴルゴが来るのは、だいたいこの時間で、小脇に挟んだ漫画を読むためにアメリカンを頼んで、決まって入り口近くの二人用テーブルに座ってしばらく時を過ごしていた。
口数も少なく、「アメリカン。」と言いながら、おつりのないように丁度のお金しか出さないのだ。
ある日私は、ゴルゴに「いつものですね。」と彼の言葉を遮るようにしてしまったので彼は、次から何も言わずにお金を置くようになった。 こちらとしては、「あなたは特別」感を出して対応したが、若干後悔している。
なかなか話すきっかけがなく、ゴルゴと親しくならないからだ。私は、人間観察が好きで、人に対してすごく興味を持ってしまい、いろんな質問をしたくなる。ゴルゴのことは、以前から知りたい人ランキング1位なのだ。
それなのに、「いらっしゃいませ」と、いつものアメリカンを渡す時の「ありがとうございました」しか言葉をかけられず、話すきっかけを見つけるためにゴルゴの動向をいつも視界に入れながら接客をしていた。

ゴルゴは、ガッチリとしていたが背が低く、白髪交じりの短髪で大工の棟梁か、植木職人の親方のような雰囲気がありいつも不機嫌そうな感じでやって来ては、漫画を読んでいた。
漫画は、ビックコミックだったりビックコミックスピリッツだったり。あ、やっぱりゴルゴ13なんだ。好きなのかな?やっぱり聞きたい。なんでここで漫画を読んでいるのか。それも毎回。
そんなことを考えて今日もゴルゴにいつものアメリカンを用意していた。
次来たら、彼がカウンターに来る前に用意して着いた途端に出してみようかしら。いつものアメリカンを。ゴルゴはどんな反応をするだろう。想像するとおかしくなった。怒って来なくなると困るから想像するだけにしよう。
アメリカンは、なぜか普通のコーヒーにお湯を足して薄くして量を増やすというスタイルのコーヒーで、私は、唯一納得してないメニューなのであまり出したくないのだ。普通は、アメリカン用の豆とかあるのだろうがオーナーは、なぜかこのスタイルで出すように教えてくれた。だから私はお湯を足すとき見えないようにしながらアメリカンを用意している。ただアメリカンだけマグカップで出すようになっていた。WEDGWOODのマグカップで市松模様のサムライ。イギリスのWEDGWOODなのに和テイストのデザインで私のお気に入りのカップなのだ。値段もそこそこ高いがオーナーのこだわりでこのカップで出している。きっと薄めているからカップは、高級な物をということだろうと勝手に決め付け、私自身の後ろめたさもチャラにしてくれるこのカップを使っている。

(他にも素敵なカップがあるが、それはまたおいおい紹介していくことにしよう。)

サムライの八分目まで入れたアメリカンをゴルゴに渡そうとカウンターに置いて「いつも、ありがとうございます。」と言った瞬間、ゴルゴは、脇から雑誌を落としてしまった。挟んでいた方の手で取ろうとしたらしい。

あ、今だ。私は、すぐさま「大丈夫ですか?いつも読まれてますね。お好きなんですか?ビックコミック。」
なんてステキなタイミングなんだろう。これできっかけができた。とゴルゴの反応を待っていたら、拾いながらゴルゴは、「家で、読めないからね。」と渋い声でボソッと言ってくれた。「え?ご自宅で読めないんですか?なんでですか?なんか言われるんですか?」と矢継ぎ早にここぞと思い聞いていた。
「嫁がね。いるから、ね。」
「お嫁さんに言われるんですか?」
「いや。それは ないけどね。」
そう言って拾ったビックコミックとアメリカンを持っていつもの定位置に行って彼なりの時間を過ごし始めてしまった。

ああ、まだ話したいのに。せっかく話せる、いや、いろいろ聞けるタイミングなのにと思いながら彼を見送った。

「嫁がね。」「ヨメガネ」

ゴルゴが言った「ヨメガネ」が、まるで呪文のように耳に残っている。お嫁さんが嫌なのかな?叱られるのかな?ますますゴルゴへの興味が深くなってしまった。ま、これきっかけでまた話せるだろうと、とりあえず満足した感じにして仕事に戻った。

ゴルゴの存在を、ずっと視界に入れながら店内の整頓を始めた。相変わらずお母さんたちは、命の洗濯をやり続けていた。

もう太陽も西に傾きはじめて来て陽射しも丁度いい具合の輝きと暑さを与えていたので、店内のシェードを上げることにした。
晴れた日は、いつもだいたいやること。今から訪れる夕暮れの美しい光を迎える作法として。

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