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君のいる景色 6

 金曜日。週末に雄大と出掛ける予定だった景子は、仕事の帰りに美容院に寄った。年末は仕事が忙しくて、ほとんど自分をケアしてこなかったのだ。毛先のパーマは残していつものカラーだけにしてもらっても2時間以上かかってしまった。美容院を出ると家に向かう電車に乗った。
「あと二駅。」
つり革につかまってスマホを見ながらホームの駅名を確認した時だ。
 ホームに雄大がいた。隣に若い女性が一緒にいる。雄大がうつむいた女性をのぞきこむようにしてその肩を抱いた時、電車が動き出した。

 景子は自分が今見た光景が信じられなかった。
「なに?どういうこと?」
……と、クリスマスの失態を思い出してそっと唇を噛んだ。話があるから明日出掛けようと誘ってきたのは雄大のほうからだった。話って?そういう事?

 景子はイライラしながら電車を降りた。家についてもさっき見た光景が目に焼きついて離れない。景子は香織に電話した。香織はすぐ出てくれた。
「今ね、雄大がいたの。女の子と一緒だった。駅のホームで肩抱いて……」
「景子、ちょっと落ち着いて。」
「落ち着いてるよ。」
景子は涙声になっている。
「後藤くんは、うちのヒロキみたいなクズじゃないと思うよ……たぶん。ねえ、本人にちゃんと確認してみなよ。電話してごらん。」
「どうしよう。電話に出なかったら。」
「……えっと、その時はその時でまた考えるから。とにかく、後藤くん本人に聞いてみないことにはわかんないでしょ?」
香織にうながされ、景子はしぶしぶ雄大に電話することにした。
 呼び出し音が鳴る。10回、20回……雄大は、電話に出なかった。

 景子は服もそのままでベッドに潜り込んだ。いろんな思いが頭の中をかけめぐる。自分の感情をもて余してまくらに顔をうずめた。
 突然、スマホの呼び出し音が鳴り響いた。雄大からだった。ベッドから飛び起きて電話に出た。
「今、電話した?」
 景子は何をどう話したらいいのかわからなかった。
「どうした?何かあった?」
「何かあったって……雄大、今日女の子と一緒にいたよね。」
「えっ?あぁ……」
「どうして電話に出てくれなかったのよ!」
景子は怒りだした。
「ごめん!風呂入ってたんだよ。ちょっと待って!今、そっちいくからさ。待ってて!」
雄大は電話を切ってしまった。
 景子はスマホの画面をにらみつけた。と、また着信音。香織からだった。
「電話した?」
「した」
「どうだった?」
「これからこっち来るって」
「そう……とにかく、落ち着いて。よく話し合いなよ。」
香織の声を聞いて、景子は少し自分を取り戻した。
「香織、ごめんね。私、混乱してて。」
「いいんだって。こんな時まで私に気使わなくって。」
 雄大が来るまで一人きりでいるのには耐えられそうになかった。香織が話し相手になってくれて、ほんとうにありがたかった。

 インターホンが鳴った。モニターに雄大が写っていた。
「どうしよう?」
「入れてあげなよ。ちゃんと話し聞いてあげてね。じゃあね。」
香織が電話を切った。
もう一度、インターホンが鳴った。オートロックを開けると、雄大が来た。

「景子?」
気まずい沈黙が流れる。
「あのさぁ。誤解だよ。同僚の女の子が飲み過ぎて具合悪くなっちゃって、家まで送ってっただけだから。」
「どーして家まで送ってったのよ。駅まででもいいじゃない。なんか下心あったんじゃないの?」
「下心あったらタクシーでも使うよ。わざわざ電車なんか乗らないよ!」
「なによそれ!信じらんない!」
雄大は次第に焦りだした。
「景子、オレん家こないか?」
「今から?なんで?」
「いや、そういうことじゃなくて。オレん家で一緒に暮らさないか?オレ、つまんないケンカして景子のこと失いたくないんだよ。結婚しよう。(くそ!指輪持ってくればよかった!)」
「この状況でどさくさ紛れにそんな事言われて、はい。なんて言える?」
「はい。なんだ?」
「?!」
「よし!やり直そう!」
「やり直す?何を?」
「プロポーズ!ごめん。今日はオレ、これで帰るわ。」
雄大は帰って行った。部屋の鏡に景子の顔が写っていた。

……私、今どんな顔してたんだろう?





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