ショートショート「ヤクザとメリーさん」
ある日の昼下がり、1本の電話があった。
「はい、こちら〇〇組事務所」
「私メリーさん、今、ゴミ捨て場にいるの」
「…あ?」
プー。プー。プー。
電話が切れた。
暴力団らしからぬ事だが、俺は突然の電話に怯んだ。
メリーさんの物語は知っている。
捨てた人形から電話が掛かってきて、場所を言って、最終的に後ろにいるってやつだったような。
ただ、その物語が実際に自分に降り掛かるとは思わなかった。
不思議に思っていると、また電話がかかってきた。
「はい、こちら〇〇組事務所です」
「私メリーさん、今、〇〇駅前にいるの」
「おい…」
プー。プー。プー
電話が切れた。
また、メリーさん。
メリーさんが〇〇駅の前にいるらしい。
ただ、肝心のメリーさんが誰なのか分からない。
俺はメリーさんの物語を調べた。
やはり、俺の記憶通り。
捨てられた人形の怨みを題材とした物語だ。
しかし、俺は人形なんて買ってもらえなかった。
何か買ってもらうどころか、親は俺を殴り、見捨てた。
俺ほど子どもの頃から能動的に「生き方」を探しながら生きていた奴はいるのだろうか。
そんな俺にとっての遊びは人形と遊ぶことではなく、喧嘩をすることだった。
毎日、人形を操ってるような奴らを操るのが俺の生き甲斐で、昔も今もそんな俺のままだ。
ただ、それに違和感を感じていた。
その違和感の原因は未だに分からない。
少しボケーっとしているとまた電話がかかってきた。
次、メリーだったら、脅してやる。
「はい、こちら〇〇組事務所」
「私メリーさん、今、〇〇の前にいるの」
「おいゴラァ、さっきから何、何回もかけてきとんじゃ。なめと…」
プー。プー。プー。
また切られた。
脅す隙も与えられなかった。
ただ、場所を言って切る。
その場所は俺のいる事務所に徐々に近づいてきているのが分かった。
ただ、俺の後ろにいたとしても、俺は負ける気がしなかった。
中学時代。
向かいの中学から来るヤンチャな集団なんて俺1人でどうにでもなった。
その集団を完膚なきまでに叩きのめした時の脳内は言葉では言い表せれない。
何というか、不安な事が全て吹き飛ぶ。
そいつらをボコボコにした後、俺が操る「人形」にパシらせる。
俺がその時欲しい物を奢らせたり、気が向いたら、殴ったりと。
そんな毎日が楽しかった。
ただ、何かが足りなかった。
それは未だに分からない。
そんな事を考えていると、また電話がかかって来た。
電話に出る。
「おい、なんやコラ」
「私メリーさん、今、〇〇組事務所の前にいるの」
「おぅ、よう来たな。今度は俺から向かいに行ったるわ」
俺は事務所を出た。
辺りを見渡した。
人々が行き交う。
交差する人々は騒がしい。
それは雑踏だけでなく、話し声も含まれる。
カップルの会話。
友人同士の雑談。
その人たちの笑顔、ジェスチャー。
そんな中、ポツンと落ちている光るものがあった。
それと周囲の人間の仲の良さを目にした時、俺はハッとした。
「俺は何をやっているんだろう」
ある時には人を傷つけ、金品を奪い、
またある時は違法な行為をする事で、自分を高めていた。
俺はその生活スタイルに満足しつつも、どこか変に思っていた。
しかし、俺はその変さの元となる物を特定は出来ていなかった。
俺はそれが今分かった。
その違和感はおそらく、俺を取り囲む今までの環境が作ったものだった。
そして、その光る物とは俺が中学の時に失くした
メリケンサックのメリーさんだった。
血痕、形、錆びの具合が全て一致していた。
そのメリケンサックを今見ると、俺の非行を具現化しているようだった。
俺は失くしていた物が見つかった事自体は喜んだ。
だが、そのメリーさんが皆んなが持つ愛らしい人形だったならば、俺の人生はどれほど良かっただろうか。
メリーさんには怨まれるかもしれないが、俺は自身を変える為、それをゴミ捨て場に捨てに行った。