【瓦版】死んだ爺ちゃんの木刀とチョコ
中学生の頃、古い洋服ダンスの中から、死んだ爺ちゃんの遺物を見つけた。
木刀だ。
持ち手には苗字と「愛」という文字が彫ってあった。
愛を求める人が、木刀なんか使うんだろうか。
家族の誰に聞いても、この木刀を入手した経緯が分からないようだった。
私は時々その木刀を手に取り、ぜひ形見にしたいと思い、中学校に木刀を携帯し登校する自分の姿をイメージしては、モテないか…と諦めることを繰り返していた。
時は思春期真っ盛り。
授業中に、何年も好きで追いかけている男の子の顔を見つめる日々。いつも緊張してうまく話せない。
数ヶ月後、バレンタインデーが近づいていた。
毎年、一応渡してはいるんだけど、小学校の頃は必ず周囲から茶化されて、私が渡すことが "面白いこと”みたいな扱いをされて悔しい思いをしていた。
私もそのノリに乗ってしまって、「義理チョコだし」と強がっていた。
でももう中学校に上がって、こちらもステージが上がっているのだ。
もう変に強がりたくないし、スッと告白もしたい。
「告白」というのは、まず精神、それからそれを支える肉体を強靭にする必要があると思った私は、その日から死んだ爺ちゃんの木刀で素振りをすることにした。どちらもバランスよく鍛えられそうだったからだ。
放課後、近所の公園や川辺、池の周りで、とにかく出来るだけ素振りをした。素振りの型は合っているのか分からないけれど、振り下ろすたびに彼へ近づく気がした。昔のお侍さんも、こういう気持ちになっていたんだろうか。素振りをするようになってからは日本史の授業を受けていても、他人事に思えなくなった。日に日に痛くなる両腕の筋肉痛も、告白のためなら耐えられた。
バレンタインデー当日。
彼を公園に呼び出してみた。今日は周りの茶化す人間たちを、散らすことに成功したので奇跡かと思った。
「あの、毎年渡しているんだけど、これ」
板チョコを溶かして、ハートのカップに流し入れ冷やし固めた定番のチョコレートを手渡す。
「お前、いつも素振りしてたよね」
「してないよ」
咄嗟に嘘をついた。
「いや、俺ん家のベランダから公園が見えるんだよ。なんかすごい顔して素振りしてたよ。結構長く」
「やだ、見てたの」
もっと周りを気にして、森の中とかで鍛えておけばよかった。これでは敵に見つかってしまう。
「なんかいいなって思った」
「変わってんな。いや、それ私じゃないかも」
「変わってんのはお前だろ。まぁ、俺もスキダヨ」
数十秒の沈黙後、すべての告白シュミレーションが吹っ飛び、「うちの家で素振りする?」と聞いてしまった。
「素振り、そんなおもしろいの?」と聞いてきた彼は、おもしろがって家に付いてきた。
死んだ爺ちゃんの木刀を彼に見せると、「愛って彫ってあるやん」と興奮していた。
「まぁ愛ですわ」
「俺たち付き合ってんだよ、さっきから」
「えっ」
「いやさっき告白のシーンだっただろ。このチョコなんなんだよ」
「好きっていう気持ちが入ってるチョコレート」
「愛、じゃないんや」
まだ愛なんか分かんないよ。でも素振りしてきた期間は、無駄なんかじゃなかったよ。こんなに近くで好きな人と話せて、特別な関係になるには、特別に鍛えておく必要があるんだよ。それでも手の震えがおさまらなくて、まだわたしは特訓が必要だと思った。
全部を賭けない恋がはじまれば
(ひろのぶと株式会社)
ぜひ読んでください。感想、すご〜く嬉しいです。精神がお腹いっぱいになります。
思いっきり次の執筆をたのしみます