【日曜興奮更新】新年一発

正月が始まって、終わった。

新年の挨拶、電話を繋げた先から女の声がした。

こっちはさっき買った1000円のシャンパンを握っている。乾杯をしたかった。2人だけの世界があると思った。そんなものはこの空想が出来る脳みそというところだけで存在しているらしい。


高円寺のロータリーがいつもより冷えている。

「いえーい」と叫んでいるギタリストと目があった。新しい服を着ている自分と、マジの古着を着ている彼との新旧対決。

「あけましておめでとう。それ、なんの曲?聞いたことない。」

「これ?俺が作った曲。いいでしょ。」

いいのかどうか分からないけど、いま一人でこのやるせなさを抱えてる場合じゃないから助かる。見慣れたこのロータリーで、会話ができるのはうれしい。

ギターケースに投げ銭、外国のコインも投げられている。

酔っ払って1万円入れちゃってる緑髪のおねーちゃんが厚底を履きこなせてない。きっと彼女の足首は明日終わっているだろう。

思わぬ報酬に、歌声が明らかに大きく伸びやかになった。金で楽しくなるのは誰でもそうだ。

人生が劇的に変わる事件でも起きて、お金持ちになってしまったら、ここにいるみんな高円寺からいなくなっちゃうだろうか。

「一生懸命じゃなくても報われてみたいー」

ノー努力でここまできてる彼の歌が、路上で缶チューハイを飲んでる20代を癒している。北口の噴水が、月に照らされてコンコンと湧き出て綺麗だ。

新年早々、自分がキープの女と認めるのは無理がある。いつか誰かが言っていた、「みんなキープの一部なんだよ」という言葉、今になって思い出す。

バカみたいじゃない、この男に1年間気持ちを集中させてきた。仕事のやる気を繋げるパワーにもしてきて、こっそり二人の仲が温まっている気さえしていた。

やっぱり阿佐ヶ谷の男はだめだ。しかし高円寺の男も、もっとだめだ。

一体どこにいるんだ、まともなやつは。

地面の隙間に生えてる雑草を抜きながら、今夜相手をしてくれそうな相手を友達一覧から探してみる。中央線ばかりじゃないか。なんだこの地獄のリストは。

こんな時は粗悪な酒を飲むしかない、ピンときた立ち飲みの居酒屋に入る。電球の一部が破損してるのに気にしてない店があった。ここだけ、きっと新年迎えてない。商売の神もスルーする店構えでよろしい。

お通しで、ゴーヤの山盛りサラダが出てきた。そして、マスターの息子さんの話もおまけに聞ける。「高円寺で一番頭がいい」らしい。こういう根拠のない自慢話が、傷ついたヘニャヘニャの心に空気を入れてくれる。

ビールは生ぬるい。もうなんだっていい。マスターの吸うタバコの灰がおでんに入ってるが、それも隠し味でしょう。

息を止めて飲んで、お笑い番組が流れているのを観る。

横に誰かが来た。髭が生えている、高円寺にはいないイケてる男だ。

「あけましておめでとうございます。横、失礼するね。」

同じビールを頼んでいる、こちらは少し笑いが出る。飲んで同じ反応をしている、ジョッキの底を覗いている。そのあとおでんの中に入り続けている灰を見て絶望した横顔を確認した。

よかった、同じ感覚の人類がいて。

「あまり、ここの街来なくって。なんかすごいっすね。」

「はい、もう慣れましたよ。でも今日は特にひどいかもですね。30歳まで高円寺にいようと思ってます。それ以上はいちゃだめだと、みうらじゅんが言ってたような気がします。」

「お姉さん、何歳なんすか。」

塩がたっぷりかかったポテトフライを二人で分けて食べた。皿の淵でガリガリ余計な塩を落とす。まだ死にたくない。

「僕、お笑い目指してたんです。でも辞めて。今はカメラマンです。そこそこ売れてます。」

売れている様子は彼のインスタでビシバシ伝わってきた。必ず横に女の子がいるのが気になる。モデルの子。すばらしいじゃん。

「私、最近Twitterはじめて。でもなんて書いていいか分からなくて下ネタばかり呟いてますよ。」

「たとえば?」

「あー、ちんちんに名前付けたり。」

「ちょっと意味わからないけど、いいね。」

言わなきゃよかった。酔いが進むにつれて、カメラマンはかっこよく見える。自分が見逃している風景が、彼を通すとこんなにかっこよくなってしまうのかと次々と見せられる作品を見て、しだいに腰に力が入らなくなった。

二人で店を出た。手は繋がれていた。ここはあと数年住むことにしている魔境の地。なにがあったとしてもおかしくないのである。

フラッとコンビニに寄った彼がコンドームの箱を印籠のように見せてきた。

わたしは慣れてるフリして「あっちに、幸せな家族計画って書いたコンドーム自販機あんだけど。」とか言った。

おかしいな、さっき食べたおでんに高円寺成分が入っていたのか、彼は最初の話し方からずいぶん変わってしまっていた。

「新年に一発!」

この下品さ、申し訳ない。彼は悪くない。誰でもこうなるはず。


「やっちゃおうか。新年だし。うちにシャンパンあるよ。」

「飲みたい!」

新高円寺の商店街を歩きながら昔の電話とLINEのトーク履歴を消した。

今日はじめて会ったこの男には本名を教えるか、即席の偽名を教えるか、悩むこの時間が楽しい。全部を賭けない恋愛がはじまればいいな。

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稲田 万里
思いっきり次の執筆をたのしみます