【日曜興奮更新】保険

家から歩いて5分のところに自然豊かな公園がある。

この街に住み始めてから、その存在を知ってはいたがしばらくは行く気になれなかった。俗っぽいことに忙しいと自然に触れ合おうなんて思わない。

最近の心の話をするとこうだ。恋愛というかセックスに振り回されるのに疲れて、人間のやるべきことはもっと他にあるんじゃないかと思っていたところだった。

なんのためのアクセサリー。なんのための着飾りと洗面台に並ぶ香水の瓶たち。

ジャージを簡単に着て、公園の入り口を通過した。

人はまばらに歩いていて、ちょうどいい。タバコの吸い殻も落ちていない。治安がいい街に住んでることに自信を少し持つ。

背の高い木が3本生えている間にベンチがあった。今日はそこに座ってみよう。目を閉じていると葉が触れ合い風に包まれている感覚が大きくなっていく。このまま3本の木のどれかが自分の頭めがけ倒れてきて、死んでしまったらどうしよう。3本まとめて倒れてきたら、それを見つけた最初の人は「こんなこともあるんですね」と言うだろうか。

死因:倒木 しかも3本

「なぜ公園なんかに行ったの」と、母が葬式で怒って親戚になだめられているところまでを想像して目を開けた。

非常に疲れている。この状態から入れる保険はまだあるが。

自分の身体、特に腕を触って、まだ私はイケるんじゃないかと思った。イケるけど、この先どうしようか。25歳くらいまでは、ヘラヘラ笑いながら何も分かってないふりをし続けることはできた。それが今、26歳になり、飲み会で先輩から「ちゃんと将来のこと考えてるの?」と聞かれてビールがまずくなった。お前こそ考えてるんですか?と返したかったけどまだ私はヘラヘラする方を選んだ。たった数年先を生きてるからって、人間を分かったつもりで語ってどうする。

しかし、わたしどうする。セックスばかりしている。セックスレスを嘆く人もいるけれど、セックスをしまくってる側もその先に何もない気がして不安なのだ。どちらに振っても不安かよ。腰振っても一瞬のきらめき。ああ。今日の天気はとても、いいな。


親子連れが、この公園の数少ない遊具であるシーソーで遊んでいる。

「あまり勢いよくやると危ないよ。」
「うん。でも楽しい。」
「ゆっくりね。ゆっくりだよ。」

やっぱり勢いって、楽しさの一因だろう。子どもの感覚がまだ自分の中にあることに安心した。

そのお母さんの携帯に着信。声のトーンは、どこまでも高くなれる。

「はい。あっ。今ね、ちょっと公園。今度いつ会おっか。」

女の顔になった。先ほどまでの優しい目の角度は、きっと切り替わる。自分も体験したことがある目元の緊張は、彼女が不倫をしていることを想像させた。

朝10時から電話してくる不倫相手って、どういうつもりなんだろうか。我慢できなかったのだろうか。今じゃないだろと思うタイミングで、進むのが恋だったりもするか。そして幸せそうな人は、何人も相手がいるってことかな。そうかもしれない。

公園を出て、友達とランチをするために渋谷に出かけた。

「お待たせ。」
「床にハンカチ落としてるよ。」
「あっ。これね。この前もらったの。」
「おっ、いつもの彼氏?」
「いやー、彼氏からっていうか。おじさんかな。」

この前会った時よりも、全体的に高級感がアップしている目の前の女は幸せそうだ。小物も、ハイブランドが目立つ。

「ここのハンバーグ、美味しいね。」
「そう?この前、連れてってもらった青山のお店よかったよ。」
「そうなんだ。わたし、高円寺しか知らないからな。」
「あそこは酒の街でしょ。もっと出歩いた方がいいよ。」


本当にそうだから何も言い返せない。青山なんて、誰と行ったんだ。45歳くらいで足を踏み入れることを許される地じゃないのか。

なかなか目の前の料理に手をつけず、近況を放出することに忙しい彼女の前で進む食欲。

そうなんだ、モグモグ。の繰り返し。

他の女が思いっきり遊んでるところを聞かされると、不思議と元気が出る。開脚するとすごいとか、ここまで指が入ったとか。人体の可能性をこの一生をかけて、思いっきり、もうそれは人に言えないくらい使い倒すことの道がまだ自分にはあるらしい。そのためには相手は一人だと、失った時にすぐ動けないんだと彼女は教えてくれる。

「保険だよ、相手にとって自分たちも。たまたま出会って、いま遊んでるんだよ。ひとりめがけて本気になって悲しくなる人って、きっと頭がわるいんだと思うよ。」
「大好きな人と初めてセックスして、残念なときって死にたくなるもんね。」
「そうだよ。大好きになんかなってるのガキだよ。」


まだきっとこの先生きていくと確信している私たちは、渋谷の街を少し歩いた。

ドン・キホーテで安物の化粧水を買った彼女は、そのあとデパートの化粧品売り場についてきてとお願いしてきた。

パシャリ。

数万するコスメを撮影して、誰か数人に送っていた。

「投網漁〜。」

ネイルが少し伸びてきたことに舌打ちして、こちらを見た。

「このあと、どうする。」
「遊ぼうか。」
「遊ぼう。」

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稲田 万里
思いっきり次の執筆をたのしみます