学歴詐称

正月、お母さんが学歴詐称していたことが分かった。

学歴詐称って、ニュースでしか見たことないし、本当にこの世に存在していると思わなかった。仮に存在していたとしても、自分には関係ないはずだった。

私が小さな頃から教育に厳しくて、テストは100点が当たり前、オール5以外は怒鳴り散らして許してくれないほど異常な執着であった。

点数が少し足りなかったある日、怒鳴り声から逃げるように風呂場の扉を素早く閉めテストの紙を丸めシャワーをかけて、念入りにふやかした。けれどなかなか排水溝に流れず、滲んでいく赤ペンのインクを見ながら、アニメのゲゲゲの鬼太郎の曲に出てくる「墓場には試験もなんにもない」という歌詞を思い出していた。こんな状態より、きっと墓場にいた方が幸せである。そういうことを何度も経験して、大人になった。

年明け、いろんな家庭の事情から、お母さんが初めてバイトするとなって履歴書を与えた。しかし、学歴部分を全く書こうとしない。あんなに教育に厳しかった人なんだから、スッと自信を持って書くだろうと思っていたのに、どうしたというのか。彼女はペンを投げて、何も言わず、ふてくされて風呂に入ってしまった。

「あれ、あの大学に行ったって書かないと、ほら」
私は諦めずに風呂場の外から声をかけた。

「分かってる。分かった」
「風呂上がったら早く書きなよ、明日出すんだから」
「分かった」

そんな簡単な会話をして、さほど期待せずに翌日となったが、まだ学歴部分は空欄のままだった。もうバイトの面接まで、あと数時間というのに、これでは最初からまるでダメではないか。

「ちょっと、どうした?これ、ほら書いて書いて」
他の家族もお母さんに声をかけた。

彼女は震えて小さな涙を出して、首を横に振ってこう言った。
「お母さん、大学行ってません。高卒です」

それを聞いた数秒間、これまでの勉強を強いられた苦痛と恨みが襲ってきた。

「高卒?」

リビングに不気味な静寂が訪れた。
しかし身内が何十年も世間に学歴詐称していたことを、そんな簡単に受け入れられるはずもなかろう。あんなに大学の素晴らしさを朗々と語っていた人物が目の前にいる。犯人か、いや親か。

「高卒じゃバイト受からないと思う」
「いや、受かるから」

私がそう言うと、ケロッと泣き止んで学歴を埋め始めた。そこに書かれた高校名まで、今まで聞いていたものと違うではないか。この人はどこまで詐称しているんだろう。

そんな誰にも言えない一大事を抱え、あっという間に彼女のバイトの面接の時間になって玄関から見送った。犯人はスッキリした顔をしていた。

今後、詐称の子は、詐称しても親譲りってことで許されるかな。でもどうせ嘘つくなら楽しいものを、壮大なものを語りたい。途中でバラしちゃ芸がない。それが真実になるまで言うことが大事です。

正月早々、世の中はかなり大変だけど、わたしの中では長年信じていたものがさっそく崩れて背中の電源コードを抜かれた気分で、これからどう生きようか考えている。カッコつけるにはまだ早い。

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稲田 万里
思いっきり次の執筆をたのしみます