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【週末連載小説:闇に堕ちる(第一夜)】

《宮野美希(45歳)》

半年前から体調が良くなかったが、疲れが溜まっているだけだと自分を騙しながら仕事をしていた。しかし二週間前、職場で倒れて救急搬送された。担当医師が「血液検査の結果があまり良くないので、この際だから精密検査をしましょう」と言った。一泊二日の検査入院。「結果は一週間後に出ますから、受付で来院日の予約をして帰ってください」と言われて帰宅。そして予約日の先週金曜日、検査結果を聞きに行った。

膵臓がん。ステージ4。余命は半年から一年。手術して抗がん剤治療を受ければ、もう少し生きられるかもしれない、と医師は言った。手術するなら一日でも早い方がいいと。
しかし私は「手術はしません。抗がん剤治療も受けません」震える声で、しかしはっきりと意思を持っていった。


五年前、交際していた男に別れを告げられた。私の態度が気に入らないとか、嘘を吐かれたとか、優しくないとか色々と理由をつけて一緒に住んでいたアパートを出ていった。

別れて一週間後、たまたま彼の友人に会った。その人は、彼が私より20歳も若い女と浮気していたと、こちらが聞いてもいないのに教えてくれた。しかも相手の女が妊娠したので、私を捨てたのだと。

世の中には、こちらが知りたくない事をわざわざ教えてくれる親切な人がいたものだ。 

泣いた。人間ってこんなに涙が出るんだと思うくらい泣いた。泣きすぎて気持ち悪くなって吐いた。吐きながら泣いた。

若い女には興味がないと言っていたくせに。子供なんていらない、二人で楽しく暮らそうと言っていたくせに。

思い返せば、30歳の時にも付き合っていた彼と親友に裏切られた。二人は私に隠れてコソコソ付き合っていた。その事実を知った時、絶望して死のうと思ったが死にきれなかった。その傷跡は、今も左腕にくっきりと残っている。

それでも生きていれば、いつかは幸せになれると思っていた。そう信じて懸命に生きてきた。でも幸せが訪れることはもうない。私は半年後に死ぬのだ。

医師から余命を宣告された時、私は決めた。一人では死なない。私を不幸の底に落とした二人に復讐してやる。怖いものなんてない。二人を道連れにして、私はこの手で人生の幕を引く。(続く)

(この文章はフィクションです)

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