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【読書感想文:人魚の眠る家(東野圭吾)】
※ネタバレはありません、ご安心ください🖐️
「娘の小学校受験が終わったら離婚する」。そう約束していた播磨和昌と薫子に突然の悲報が届く。娘がプールで溺れたー。病院で彼等を待っていたのは、"おそらく脳死"という残酷な現実。一旦は受け入れた二人だったが、娘との別れの直前に翻意。医師も驚く方法で娘との生活を続けることを決意する。狂気とも言える薫子の愛に周囲は翻弄されていく。
この小説のテーマは、「脳死」と「子どもの臓器移植」でした。
読みながら、
「もし自分の子どもが脳死状態と言われたら?」
おそらく、僕はすぐに受け入れることはできないでしょうし、
脳死判定を受けて、臓器移植に同意することはできないのではないかと思います。
「もし自分の子どもが、『臓器移植をするしか助かる見込みはない』って言われたら?」
迷うことなく、臓器移植をお願いするでしょう。
それが、「他の誰かが脳死となることを待ち望んでいるのか?」と非難されたとしても…。
「脳死は人の死なのか?」
では、脳死状態とされながらも生活している場合は…?
「今の瑞穂の扱いは、まるで生きている死体。そんなかわいそうな立場に置いておけない。生きているのか死んでいるのか、法律に…国に決めてもらう。瑞穂はとうの昔に死んでいたというのなら私は殺人罪には問われない。生きていたというのなら殺人罪。でも私は喜んで刑に服します。あの事故の日から今日まで私が介護をしてきた瑞穂は、たしかに生きていたとお墨付きを貰えたわけだから」
そう言いながら、母親である薫子は娘に向けて、包丁を大きく振りかぶって…
東野圭吾さんの小説を読むのはかなり久しぶりでしたが、登場人物の心情や物語の展開に引き込まれました😳
おもしろくて読みやすい、かつ「脳死」や「臓器移植」について考えることができた小説でした🖐️
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。