にゃあ日記6
好意の施しには見向きもしないが、それでも変わらずにゃあは
顔を見せに来た。
気がつけばマスターのコンパクトカーの排気音やヒールの足音、カバンからとり出す鍵の音など個人を特定する音を把握したようで大きな耳は、伊達でないということを知らしめた。
マスターの自宅の鍵は、
金属の蝶の形の輪っかに全ての鍵が束ねられていて鉄琴のように音を奏でる。
私が開店時間より先にマスターのお店の前で待っていた時に
バーの扉の開錠に立ち会ったことがある。
<随分と騒がしい鍵だな>
そう思ったことがある。
にゃあは、特に鍵束から奏でる音が好きなようで音を鳴らすと何処からともなく現れて
〈私に会いに来る!〉
ことを悟ったマスターは、
明朝仕事を終えて帰宅するときは常にジャラジャラと鍵束を鳴らして階段を利用する習慣が身についた。
にゃあは、期待に応えるように決まって畑方向から一目散にやってきてマスターの一歩先を歩き二階までエスコートしてくれる。
「にゃあたん ただいまぁ」
「うにゃ」
警戒を絶やさず真後ろのマスターをチラリと確認して一緒に階段を昇る。
目的の2階に到着するや否や人の目に触れない少し奥まった玄関前の極小スペースにサッと身を隠す。
一般的なタイムスケジュールと真逆の時間軸で生活をしているバーテンダーのマスターは、廊下で他人と出会うことが稀だった。
にゃあも逢瀬を楽しむにはひと気が少ない時間に生きるマスターとはそんなところも含めて相性が良かったのかもしれない。
色々な偶然が、切っても切れない絆を育む要因になることを
2人はまだ知らない。
7へつづく
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