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もふ。はも。 #シロクマ文芸部
恋猫と歌うたい。
夜の街であぶれたふたり。
「なぁ、ネコ。俺が歌うそばでその声はやめてくれよな」
歌うたいは苦笑する。
なーごなーご、うなぁー。猫が少し離れた角で鳴いているのだ。
雑踏の中でひときわ響くのは猫の声の方だった。
「俺はこうアグレッシブな歌を歌ってるんだよ。もの欲しそうな声とハモる歌じゃないんだ」
なーごなーご、うなぁー。
恋しい誰かの名前を呼ぶようにずっと同じ調子で鳴いている。
「まあこうやって一緒に歌っているのも何かの縁だよな。今日はもうやめだやめ。一緒に晩ごはんをどうだ?」
歌うたいは目の前のコンビニで肉まんとちゅーるを買ってきた。
寒いからと思わず買ってしまった肉まんだが、ついこないだ出て行った女の肌と温もりを思わせるには充分な柔らかさだ。
「今日は帰ろう。明日は邪魔しないでくれよな」
来るかもわからない猫をぐしっと撫でてそう言った。
猫は少しだけ付いてきたが、いつの間にか消えていた。
次の日もまたその次の日も、同じ猫が現れては歌に合わせなーごなーごと
鳴きまくった。SNSでバズらねぇかな、と期待したが全くそんなこともなく、その声はただミスマッチなだけ。
寒い夜の街に誰も気にも留めない歌が響く。
そして路上ライブを早々と切り上げ肉まんとちゅーるで晩餐となる。
そんな夜が何日か続いた。
どんなに言い争っても
夜にはシチューがあって
どれだけ夢が違っていても
ふたりは一緒だった
真っ白なシーツがただ冷たいだけの朝
キミが教えてくれた紅茶のいれ方
真似しながら歌う
その夜はいつもと違う歌を歌った。猫がまた姿を見せたがその歌のときは静かにみゃぁ・・と鳴くだけだった。いや泣いていたようにも聞こえた。
何人かの人が立ち止まって歌を聞いていた。
「なぁ、ネコ。一緒に来るか?」
ちゅーるを美味しそうに食べる猫に歌うたいは言った。
みゃ・・っと返事をしたように見えたが「そのためには去勢しなきゃ」と言った途端猫はぱっとどこかへ行ってしまった。
ぽかーんとしながらもあの猫がもう自分の前には現れないだろうという確信が何故かあった。
「ま、いいか」
誰かが遠ざかることなんて今に始まったことじゃない。慣れているはずだ。
自分の部屋は当然真っ暗なのだがふと見るとアパートの前に出ていったはずの女がいた。え?帰ってきたのか??訝しげに顔を覗き込む。
「んもう、肉まんとちゅーるだなんて」
女がそう言ったのを確かに聞いた歌うたいはぐしっと彼女を撫でそのまま黙って抱きしめた。
#シロクマ文芸部
お題「恋猫と」
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