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ジェラートであったまろう #シロクマ文芸部

寒い日にだけオープンするアイスクリーム屋さんがあるという。
朝、氷が張っていたら、
霜柱が地面を持ち上げていたら、
アイスクリーム屋さんが街にやってくる。

娘のチカがそんな噂を学校で聞いてきた。
「行きたい行きたい!!」とずっと言っているのだ。
「噂でしょ?本当に来るかわからないよ」
そう言ってもチカは絶対に来ると言ってきかない。

冬にわざわざ冷たいものを食べに出かけるなんて
億劫以外のなにものでもない。

子供の頃から私は冬が苦手だった。
マラソンに縄跳び。苦しいだけでなんにも面白くない。体は温まっても手は悴んだままだ。何をそんなに頑張るの?
全校朝礼の最後に校庭でする乾布摩擦に至っては謎だらけ。
今思うとあんなの
#どうかしているとしか

雪こそ降らないこの町のそこそこ寒い日曜日。
玄関のチャイムがピンポンピンポン続けざまに鳴った。
ドアホンを覗くとそこにチカが写っている。
夫と散歩に行ったはずだけど・・・。
「どうしたの?なにかあったの??」
「ママママ、公園の向こうにいるの!本当に冬のアイスクリーム屋さんがいるの!!」
ドアを開けるとチカはもうわたしの手を引いて外に連れ出そうとする。
「ぱ、パパは?」
「見張ってもらってる。アイスクリーム屋さんがいなくならないように!」

だったらケータイで呼べばいいのに慌てて駆けてきて。
コートと財布を手に取ったが羽織る間もなくチカに手を引かれ外へ出た。

うわぁ、寒い!

「あれは不思議なお店なんだよ、きっと。消えちゃう前に行かなくちゃ!ママ急いで!!」

そんなバカな。消えちゃうお店なんて。
小学生の噂話を信じ切っているんだね。
チカはおでこ全開でハァハァ言って走る。
あれ?追いつけないかも。
あの子いつの間にかこんなに速く走れるようになってる。

「パパァ、ママを連れて来た!」
夫は大柄で小太りの男性と笑ってこっちを見ている。

ああ、そうか。ケータリングの・・。
「Sweet Snow」お店の名前だろう。初めて見るそれはアイスやドーナツの絵で飾られた可愛らしいスイーツの移動販売車だった。

「おじさんは北極から雪を持ってきてアイスにしてるんだよね!!」
小太りの店主にチカは質問を投げかける。
「そーだよぉ~、おじさん実は北極ぐまなのだ。さ、ご注文をどうぞ。」
ジェラートをコーンに乗せてもらって歩いて帰ることにした。

「パパママ、美味しいね。それにちっとも寒くないよ!」
そりゃ走った後だもの、、と言おうとしてやめた。
夫は待たされていたのに寒いとは言わなかった。手袋をしていても手は冷たいだろうに。
「うん、おいしいね」
冷たいジェラートが温かい雪となって体に降り積もってゆく。

3人でゆっくり歩くのも久しぶり。
最後に一生懸命走ったのだってそれ以上に古い話になってしまう。
こんな風に楽しく走れるのなら、冬も悪くはないのかも。

次の日曜日は別の場所で「Sweet Snow」の車を見かけた。
この近辺を周っているのだな。ご商売を始めて間もないのかもしれない。
いつも同じ場所にいないので子供たちには「いつの間にかいなくなっちゃうお店」として伝わっちゃったのだろう。

チカは友達と「くまのアイス屋さん」と呼ぶことにしたそうだ。

「今日はくまのアイス屋さんと会えるかなぁ?しゅっぱーつ!」
それからというもの週末のジョギングが我が家で恒例となった。
軽く走って「Sweet Snow」の車を探す。
もちろん尋ねればいつどこにお店を出すかはわかるのだ。
でもこのお店は3人にとって「寒い日にだけオープンする不思議なお店」
私は冬の週末とアイスクリーム屋さんを楽しみに待つようになった。

#シロクマ文芸部
お題「寒い日に」

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potesakula
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