ヨーロッパチャンピオンズリーグから紐説くサッカー日本代表の現在地
はじめに
先日、1カ月に及ぶサッカーワールドカップカタール大会がアルゼンチンの優勝とともにフィナーレを迎えた。ジャイアントキリングの多さもさることながら、疑いようもなく史上最高の一つと断言できる決勝戦の激闘は、この試合によって真の伝説となったメッシの姿とあわせて後世まで語り継がれることだろう。
早いようで短かったこの1ヶ月の熱戦、惜しくも日本代表はベスト16でクロアチアを相手にPK戦で敗れまたしてもベスト8の壁を超えることはできなかったが、ドイツ、スペインを相手にアップセットを成し遂げたことは十分に称賛に値する。またグループリーグ突破→敗退を繰り返していた負の歴史にも終止符を打ち、アジア初の二大会連続グループリーグ突破を成し遂げたことも今大会の素晴らしいレガシーの一つになることは間違いない。
こうした戦前の予想を良い意味で大きく裏切る奮闘ぶりに気を良くしたのか、メディアやサポーター、OB、果ては選手自身に至るまで「このまま弱者の様な戦い方では日本サッカーに未来はない」と将来を憂え始めている。戦前は日本中が悲観的な空気しか無かったにもかかわらず、勝った途端にこれなのだからまったくもって現金なものだと呆れるほかない。
この展開自体数年前にどこかで見たような光景なわけだが、またしても日本代表は「自分達のサッカー」を探し始めてしまうのだろうか。というよりも「弱者のサッカー」は捨てようと思って捨てられるような代物なのか、ワールドカップの熱気がまだ残る今だからこそ、冷静になって現実を見つめてみるべきだろう。
半年前の6月、全世界で親善試合が行われた際に「ヨーロッパチャンピオンズリーグ(以下CL)出場クラブに所属する選手」という指標で日本の立ち位置を検証した。
この時の検証では「CLに出場するクラブに所属する選手がどれだけいるのか」を代表ごとに数値化し各国の戦力比較を行ったわけだが、今回はW杯でより上の成績を目指す為の検証であることから、「ビッグクラブ」と呼ばれるチームにフォーカスを当てた検証を行っていきたい。何故なら日本が跳ね返されたベスト8に残った国の選手たちは多かれ少なかれこのビッグクラブに所属する選手達がチームの核を構成しているからだ。
今回ベスト8に進出したこれらの国の選手の所属クラブと日本代表のそれを比較することで、改めて日本代表の現在の立ち位置を検証しようというのが本稿の目的である。それでは早速行ってみよう。
ルール
ビッグクラブとは
現在最新の2022-23シーズンもワールドカップ開催に合わせて前倒しでグループリーグが終了し、ベスト16が出揃っている。今シーズンも含め13-14シーズンまでの過去10年でのべ160チームがベスト16に進出した計算である。皆さんはこの内、実際にはいくつのクラブがベスト16に進出したかご存知だろうか?
正解は47クラブだ。つまり47のクラブが過去10年間で少なくとも1回はCL決勝トーナメントに進出しているのである。恐らく想像よりも大分多いと感じられた人が多いのではないだろうか。
ところがこれがベスト8になると、25クラブとほぼ半分になる。つまり偶然ベスト16に進出したクラブも、そこを突破してベスト8まで進めるクラブは現実には殆ど無いという事が分かる。ワールドカップでもCLでもベスト8というのはそれだけ高い壁ということだ。下の表を見て頂きたい。
画像の表は13-14シーズンまでの過去10年間のうち最新2022-23シーズンを除いた9年間のCLベスト8以上進出25クラブの一覧である。このうち半数の12クラブは1回きりの進出で、いわゆるサプライズ枠と言って良い存在だろう。この意味でベスト8を複数回達成しているクラブ、つまりバイエルン・ミュンヘンからマンチェスター・Uまでの13クラブを現在におけるビッグクラブと定義することにする。
ビッグクラブを超えるメガクラブの存在
上の画像のベスト4以上の欄を見て頂きたい。これはベスト8以上の回数のうちベスト4以上に進出した回数を集計したものだが、これを複数回達成している9クラブは流石に誰もが知る名前しかない。CL優勝候補の一角として挙げられる存在であることは間違いないだろう。これらをビッグクラブを超える存在であるメガクラブとして位置づけることにする。メガクラブはビッグクラブを内包しているので、ビッグクラブからはそれを除いた上でまとめると下記の通りになる。
ビッグクラブ
ドルトムント、ポルト、ベンフィカ、マンチェスター・ユナイテッド
メガクラブ
バイエルン・ミュンヘン、レアル・マドリード、バルセロナ、アトレティコ・マドリード、マンチェスター・シティ、PSG、リヴァプール、ユヴェントス、チェルシー
定義が定まったところでワールドカップベスト8に進出した国と日本の選手達が、この13クラブにどれだけ所属しているのかを次で検証していく。
各国の検証
オランダ
ビッグクラブ 1人
タイレル・マラシア(マンチェスター・ユナイテッド)
メガクラブ 5人
マタイス・デリフト(バイエルン・ミュンヘン)
フィルジル・ファンダイク(リヴァプール)
ナタン・アケ(マンチェスター・シティ)
フレンキー・デヨング、メンフィス・デパイ(バルセロナ)
合計6人
イングランド
ビッグクラブ 4人
ルーク・ショー、ハリー・マグワイア、マーカス・ラッシュフォード(マンチェスター・ユナイテッド)
ジュード・ベリンガム(ドルトムント)
メガクラブ 10人
カイル・ウォーカー、ジョン・ストーンズ、カルバン・フィリップス、フィル・フォーデン、ジャック・グリーリッシュ(マンチェスター・シティ)
トレント・アレクサンダーアーノルド、ジョーダン・ヘンダーソン(リヴァプール)
メイソン・マウント、コナー・ギャラガー、ラヒーム・スターリング(チェルシー)
合計14人
アルゼンチン
ビッグクラブ 3人
ニコラス・オタメンディ、エンソ・フェルナンデス(ベンフィカ)
リサンドロ・マルティンネス(マンチェスター・ユナイテッド)
メガクラブ 7人
ナウエル・モリーナ、ロドリゴ・デパウル、アンヘル・コレア(アトレティコ・マドリード)
レアンドロ・パレデス、アンヘル・ディマリア(ユヴェントス)
フリアン・アルバレス(マンチェスター・シティ)
リオネル・メッシ(PSG)
合計10人
フランス
ビッグクラブ 1人
ラファエル・ヴァラン(マンチェスター・ユナイテッド)
メガクラブ 13人
バンジャマン・パバール、ダヨ・ウパメカノ、リュカ・エルナンデス、キングスレイ・コマン(バイエルン)
ジュール・クンデ、ウスマン・デンベレ(バルセロナ)
イブラヒマ・コナテ(リヴァプール)
オーレリアン・チュアメニ、エドゥアルド・カマヴィンガ、カリム・ベンゼマ(レアル・マドリード)
アントワーヌ・グリーズマン(アトレティコ・マドリード)
キリアン・エンバペ(PSG)
アドリアン・ラビオ(ユヴェントス)
合計14人
モロッコ
ビッグクラブ 0人
メガクラブ 3人
アクラフ・ハキミ(PSG)
ヌサイル・マズラウィ(バイエルン)
ハキム・ツィエク(チェルシー)
合計3人
クロアチア
ビッグクラブ 0人
メガクラブ 4人
イヴォ・グルビッチ(アトレティコ・マドリード)
ヨシプ・スタニシッチ(バイエルン)
マテオ・コバチッチ(チェルシー)
ルカ・モドリッチ(レアル・マドリード)
合計4人
ブラジル
ビッグクラブ 3人
カゼミーロ、フレッジ、アントニー(マンチェスター・ユナイテッド)
メガクラブ 13人
アリソン、ファビーニョ(リヴァプール)
エデルソン(マンチェスター・シティ)
ダニーロ、ブレーメル、アレックス・サンドロ(ユヴェントス)
チアゴ・シウバ(チェルシー)
マルキーニョス、ネイマール(PSG)
エデル・ミリトン、ヴィニシウス・ジュニオール、ロドリゴ(レアル・マドリード)
ラフィーニャ(バルセロナ)
合計16人
ポルトガル
ビッグクラブ 9人
ジオゴ・コスタ、ペペ、オタビオ(ポルト)
ジオゴ・ダロト、ブルーノ・フェルナンデス(マンチェスター・ユナイテッド)
ラファエル・ゲレイロ(ドルトムント)
アントニオ・シウバ、ジョアン・マリオ、ゴンサロ・ラモス(ベンフィカ)
メガクラブ 7人
ルーベン・ディアス、ジョアン・カンセロ、ベルナルド・シウバ(マンチェスター・シティ)
ダニーロ・ペレイラ、ヌーノ・メンデス、ビティーニャ(PSG)
ジョアン・フェリックス(アトレティコ・マドリード)
合計16人
まとめ
ビッグクラブ所属ランキング
1位 ポルトガル 9人
2位 イングランド 4人
3位 ブラジル 3人
3位 アルゼンチン 3人
5位 フランス 1人
6位 オランダ 1人
7位 クロアチア、モロッコ 0人
メガクラブ所属ランキング
1位 ブラジル、フランス 13人
3位 イングランド 10人
4位 ポルトガル、アルゼンチン 7人
6位 オランダ 5人
7位 クロアチア 4人
8位 モロッコ 3人
合計人数ランキング
1位 ブラジル、ポルトガル 16人
3位 フランス、イングランド 14人
5位 アルゼンチン 10人
6位 オランダ 6人
7位 クロアチア 4人
8位 モロッコ 3人
終わりに
日本との比較
いかがだっただろうか。ベスト8の残っている国にはビッグクラブ、或いはそれを超えるメガクラブに所属する選手が必ず存在していることがお分かりいただけただろう。そして彼らの多くはそれらのクラブで主力として活躍している。翻って日本代表はどうなのかと問われれば、当然ながらそんな選手は誰一人として存在しない。どう取り繕ったところでこれが現実なのだ。
このような現状で「弱者のサッカーは嫌だ」「主導権を握るサッカーがしたい」などと言ってもどだい無理筋である。その意味で今大会徹頭徹尾最もリアリストに徹していたのは森保監督だったように思える。
他国の話で言えば決勝トーナメント進出常連国のメキシコ代表(今回こそグループリーグ敗退の憂き目にあったが)も長らくベスト8の壁を破れていないが、思えばメキシコもこのようなビッグクラブ・メガクラブで主力として活躍している選手は殆ど思い当たらない。世界のトップオブトップのクラブでで揉まれ、本当の意味での勝者のメンタリティを備えた選手がその経験を代表に還元するというのは、我々の想像以上に大きな影響をもたらすのかもしれない。手の届きそうで届かない、高くて険しいベスト8の壁の正体の一端がここにあると言えるだろう。
自己評価が高く個人の能力から目をそらしがちな日本
以前から指摘してきたことだが日本のサッカー界はチームとしても、個人としても自己評価がいささか高すぎるように思う。それはサポーター、メディアに限らずOBから現役選手に至るまで同様だ。
例えば今大会の日本代表メンバーは史上最強の呼び声が高かったが、それはあくまで過去の日本のとの比較、つまり当社比に過ぎずそれをもって世界と対等に戦えるかという問題とは何も関係が無い。にもかかわらず、世界との距離を測る尺度が過去の日本代表との比較しかないという人は非常に多い。また、戦術を偏重するあまり個人の能力から目をそらしがちなのも日本サッカー界の病巣の一つと言えるだろう。
冒頭でも触れたように、今大会日本代表はドイツ、スペインを破ったがその戦い方が批判され「この戦い方のままでは日本サッカーに未来は無い」という論調が方々から聞こえてきた。そしてそれを監督批判に繋げようと躍起になる輩が少なからず存在していることも事実だ。
しかし監督とは目の前にある材料で料理を作るシェフのようなもので、現実にある手元の戦力という材料を使って戦うしか無いのだ。極論するとスーパーの食材でで何とか工夫を凝らして作った料理(当然ミシュラン三つ星レベルには及ばない)に対して「美味しく無いとは言わないが作り方が悪い、こんな料理では未来が無い」と言っているようなものである。
以下、日本のサッカー界においてファン、メディア、OB、選手とあらゆる層が共通して抱えていると思われる病巣を列挙してみる。
①選手個人のクオリティの差の軽視
軽視というよりはタブー視と言った方がより適切かもしれない。というのも、特にメディアや選手を中心として個々の差という現実を直視することを避けている節が多分に見受けられるからだ。或いは諦念という言い方も出来る。
②過度な戦術信仰
①の裏返しの結果という言い方も出来るだろう。それが煮詰まった結果、特にネットメディアを中心として戦術がピッチ上のあらゆる問題を解決する魔法の鍵か何かと勘違いしているような人も少なからず見受けられる。「個々の力で劣る日本は〜」という枕詞を誰しも一度は聞いたことがあると思うが、最初から個々の力が及ばないことが共通認識としてあるため、それを解決するための手段(拠り所)としての戦術に対して過度な信仰が生まれるという仕組みだ。
③高すぎる自己評価
④実力不相応な夢想・理想論
⑤彼我の戦力差を正しく認識できない
⑥相手を格下と見るや途端に侮り相手の事を知ろうとしない
③~⑥はいずれも日本の現在地を正しく把握できていないことに端を発する問題だ。島国で長らく鎖国をしてきたことと無関係ではないだろうが、サッカーに限らず日本人は基本的に「敵を知り己を知る」という行為が非常に苦手な民族である。
サッカー日本代表の現在地
今大会で日本代表は2大会連続で決勝トーナメント進出を果たしその歴史に新たな1ページを刻んだ一方、またしてもベスト8の壁に阻まれるという結果に終わった。ベスト8という当初の目標が達成できなかったことを以て日本代表、とりわけ森保監督への批判材料とする人間は少なくない。しかし上の検証の通り、ベスト8に進出した国々とは選手個人レベルで戦力差があるという事実をまずは認めなければならない。
そもそも論で言えばベスト8という目標自体が代表の実力とは関係のないものである。ベスト16に繰り返し進出した日本(国民)の次の目標がベスト8以上となるのは当然の成り行きであり、今更「GL突破が目標です」などと言って納得する国民は殆どいないだろう。
つまり実力の有無に関わらず「ベスト8以上」という目標は既定路線なのであり、半ば強制的に設定された目標に対してあたかも「自分達が設定したにもかかわらず目標を達成できなかった」などと叩き棒にするのはあまりにも卑怯なやり口と言えよう。
個々の戦力ベースで考えた場合、客観的に見て現在の日本はベスト8に割って入ることのできる実力を持っているとはまだまだ言い難いのが現実である。その一方でドイツ、スペインを破っての二大会連続決勝トーナメント進出を果たせたこと、これの意味する所はもはやGL突破は成功ではないということだ。
今までであればベスト8以上を求めつつも、GLを突破すればその大会はとりあえず「成功」という評価に落ち着いていただろう。しかし今大会で二大会連続GL突破を果たした以上、今後世間の目はGL突破は最低限のノルマとして見られるようになる。「GL敗退したけど実力が劣っていたからまあ仕方ないね」ではなく、真の意味でGL敗退=失敗の大会という烙印を押されることになる。この意味で日本は新たなフェーズに入ったと言って良い。
近い立場で言えば7大会連続でGL突破のメキシコや2014年から3大会連続でGL突破しているスイスが挙げられるだろうか。これらポット2の常連国にようやく肩を並べようかという入口に差し掛かっているのが日本代表の現在地と言って良いだろう。このメキシコやスイスですら長年ベスト8の壁が破れずにいるのだから、日本が苦しむのも道理である。
間違いなく日本代表は一歩一歩着実に前進している。しかしながらこの先の壁を打破する為にはやはり戦術云々よりも世界的クラックの存在が必要不可欠だ。これから次回大会までの4年間でそうした真の意味で勝者のメンタリティを持った選手が日本代表に一人でも多く生まれることを願いつつ、本稿の結びとしたい。
森保監督をはじめとした日本代表の皆様、改めてお疲れさまでした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?