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漢語とカタカナ語、それぞれの利点と欠点、メリットとデメリット

カタカナ語をやたら多用してくる人に少し付き合いにくさを感じたり、漢字が多い役所の文書に読みにくさを感じたりすること、ありますよね。
そこから派生して「カタカナ語ばかり使うな!」「漢字ばかり使うな!」という憤りの声が上がることが多いのは、何ともお気持ち増幅装置たるtwitterらしい光景です。

結局、漢語もカタカナ語も、TPOに合わせて使い分けるのが賢い表現方法なんだ、ということに尽きるんじゃないかと私は思います。

私見を述べると、漢語は書き言葉に強く、カタカナ語は話し言葉に強い。

漢語は、漢字が表意文字であることから、初めて見た単語でも(そのパーツとなっている漢字が見たことあるものであれば)何となく意味が分かります。読み方も、とりあえず音読みしておけば高確率で当たります。つまり、読み書きには適している。
一方で、(中国語では声調等も含めてすべて読みが異なりますが)日本語で漢字を読むと、同音異義語が多いので聞き間違いが生じやすい。つまり、話す・聞くには向いていない。

カタカナ語はこれと全く逆で、カタカナでいきなり「フィランソロピー」や「セレンディピティ」と書かれると、その単語を知らない人にはなかなか意味を想像しにくい。「慈善活動」「天啓」ならまだ分かる。
一方で、「ジゼン」「テンケイ」と言われても脳内でうまく漢字変換できないものが、「フィランソロピー」「セレンディピティ」と言われると(その単語を知っていれば)分かる。

そう考えると、プレゼンテーションで意識高そうなカタカナ語が多用されがちなのも、役所の文書に漢字がやたら出てくるのも、「話し言葉にはカタカナ語、書き言葉には漢語」という使い分けの域を出ないんですよね。

twitterは140字以内の活字で表現するSNSですので、カタカナ語よりも漢語を使った方が字数を圧縮できますから、twitterでカタカナ語を多用するのは、確かにあまり賢明な表現方法ではないのかもしれません。
漢語もカタカナ語も均等に語彙を増やすのが理想ですが、口で話すよりもSNSで文字を書くことが多くなった現代、書き言葉に有利な漢語の語彙を優先的に増やすという戦略もいいのではないでしょうか。何の話だこれ。

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