コミュニティという日常に、お祭りという非日常体験を
コロナによって行動が制限されて、売上利益を除いて困ったことといえば、リアルイベントが開催できないことだった。
会社を始めて6年。
強い個がシナプスのように繋がっていくようなチームでありたくて、共有価値を感じるためのリアルイベントは外せなかったし、事業継続の危機やどんな多忙の中でも、カンファレンスやBBQ、滝行やお参り、ゲーム大会などなど、最低でも1年で5回以上のリアルイベントを開催してきた。
というか、毎回変わるがわる運営メンバーになった人たちのアイデアと尽力によって形を成してきたと言った方が正しい。
そんな中、ゆるやかに且つ一気にウィルスという人類共通敵に対峙することとなり、行動自粛とビジネスも生活も共に在り方の変容を求められるに至った。
リアルイベントが開催できないということがどんな影響を及ぼすのか。
この逆算は正直していなかったので、未知数の中、漠然とではあったが、「リアル体験がないのはなぁ・・・」という気持ちで、zoom飲み会をやってみたり、webでゲーム大会をやってきた。
結論から言うと、リアル(な)体験が必要だった。
そしてこのウィルスと向き合う体験は、会社を立ち上げた理由のひとつである、バーチャルリアリティ(仮想社会における現実)とリアル(物質社会における現実)をリンクさせることで能動的にも受動的にも人生を楽しくプレイング出来ないか、という試みにも深く関係していたし、それぞれの体験がもたらす私たちの価値観や反射的な思考、感性への影響、つまり、無意識・意識変容がどう起こっているのかを知り、そこからバーチャルとリアルをコネクトできる方法や仕組みを考え、実践していく上で、とてもいい経験値となった。
話を戻して。
会社の方はというと、複数の事業軸があるので、それぞれのフェーズと特性に合わせてIT化し、テレワークの推奨から徹底、コミュニケーションデザインまでを行った。(コミュニケーションデザインが一番の課題だった)
プロジェクトやサービス単位も然り、継続してクライアントに応えていった。
VISION deの巻物作りは、ARTとしての位置付けをはっきりと示せたし、すごく大変でかつ充実して楽しかった。
僕個人としては、「会社を潰さずに動き続ける」ための資金繰りとして、融資を通じた資金調達に没頭し、今はこの資金の活用を事業戦略会議として複数の軸を作り、予測できない中で未来を描こうとしている。
観念、概念的な部分では、クローズドではあるが、社内チャットで定期的にコメントを発信したり、個別に話し合いを繰り返した。ここはすごくローカル。
「圧倒的なインプットと同時多発的なアウトプット」というコンセプトを掲げて、アップデートコミュニティを作ったのもここから。
今は4つのアップデートコミュニティが継続して活動している。
あと追われたことと言えば、サポートしている会社が飲食事業だったため、今回の件で甚大な打撃を受け、計画していたプロジェクトの見直しだけでなく、補助金や助成金の活用、休業の決断、解雇の決断、人材の再配置と組織の再編成、それらに伴う諸々の手続きとルール整備やリスクヘッジ、またそこから漏れ出たタスクの解消や予測していた問題発生の対応、そしてマネジメント層や各部署への説明。
そんな5ヶ月間を過ごして気づいたことは、コミュニティの継続には非日常体験が欠かせないということだ。それがバーチャルかリアルのどちらであっても、その中で非日常体験を人は求めているし、日常を味わうために非日常があり、非日常を味わうために日常が存在しているかのように、それらは何かに置き換えたり切り離すことができないということを改めて体験させられた。
※コミュニティ自体を非日常として位置付けている場合もあるし、コミュニティに属さないという決意を持った人もいるかもしれないが、いったん会社という単位のコミュニティに限定して今回は書いているものとして捉えてほしい。
とは言ったものの、関わっている会社やギルドを含めて、その活動を日常と非日常にきちんと区分けするのは非常に難しい。というか混ぜちゃってるので出来ないし、人によってその割合が違う。(季節ごとのカンファレンスは非日常体験の割合が極めて高い。)
まぁそこがおもしろいんだけど、そんな状態だから、なにかを例にあげて説明したとしても、それぞれ納得するポイントが違ってくる。
しかし、そういったリアルイベントを開催することによって、いろいろと気づいてもらえたこともあっただろうし、いまだに理解できないと感じる人もいるだろう。もしくはなんとなく楽しいから、という理由の人もいていい。ただ、大切にしてきたのは、全体会議ではなくカンファレンスであり、一方通行な通達ではなく参加型であり、楽しむためにはイベントとしてエンタメが必要だということで、それは「お祭り」だということだ。
さらにそのお祭りが参加者だけでなく、運営側にとっても非日常体験であり、且つ多様的で体験型でなければならないと定義づけしてきた。
その条件さえ満たしていれば、企画内容に制限はなく、運営メンバーが自由に設計することができる。
なので毎回頭を捻っては「新しい」おもしろいを実行してきた。
これを数式で表現するなら、
日常体験+非日常体験=共有価値
であり、より細かく書くと、
(日常体験のタッチポイント数×リアルな体験の質)+(非日常体験のタッチポイント数×リアルな体験の質)
である。
そして、今年に入って何に困ったかというと、行動自粛によってそれぞれのタッチポイント自体が減ったこと、テレワークやWEB会議などによりリアルな体験の質が低下したこと、この2つによって、共有価値の数が減り、質も低下してしまったことで、臨場感のない中で業務をこなすことだけが目の前に並べられてしまった、ということなのだ。
これは非常につまらない。
汗を流したあとのビールが格別なように。
僕らは日常と非日常をきちんと体験してきたのです。
※お酒は飲めないけど、格別だということは伝わっています。
なので。
ここまで見えてきたんだから、あとは実行するのみです。
感染症拡大の防止対策を講じる中でも、リアルイベントで質の高い体験を味わえる方法やアイデアはないか、WEB参加でも質の高いリアルな体験を味わえる方法や仕組みはないか。
このポイントに、みんなが持つ「独創的」で「創造的」な力を発揮させることで、共有価値を創造し、また新たな未来を一緒に歩んでいきたい。
そのために「やる」から考えようと思い立ち、1泊2日のリゾート地でのテレワーク&アップデート合宿や、宿泊施設を3日間貸し切って開催される「サマーカンファレンス Fes'2020」を企画した。
そしてこれらは僕一人では到底やりきることができない。
異なった価値観をもった運営メンバーや、そのイベントに参加してくる人たちがいて初めて成り立つということだ。
コミュニティという日常に、お祭りという非日常を一緒に作っていく。
それが僕が考えるチームの在り方なのかもしれない。
追伸
未来は予測できない。
予測した未来をどう歩くかということを早く捨てて、未来をどう描くのかということに専念してほしい。
そして、そのために何ができるのか、と明日を考えることが、今私たちにとって唯一希望を感じられるための「青写真」ではないだろうか。