ビートボックス
「おならの真似?」
シャンプーが目に入らないように薄ら目を開けると、浴槽のお湯に浸りながら娘が見上げていた。
通勤中の車内で最近密かに練習しているビートボックス。
人前で口ずさんでしまったのは完全に無意識だった。
「おならとちゃうよ」
おならの真似、いや私の口から出たおならのような音の真似をケタケタ笑いながらしている娘は、私がボソッと否定した事など1ミリも気づいていない。
シャワーを済まし、娘と向かい合う格好で浴槽に浸かる。
「ビートボックスってゆうんよ。口で楽器みたいに音を出せるんやって」
「もう一回やって」
先程と一緒の8ビートを恥ずかしさを隠しながら披露した。娘はまたしても笑いながら真似をしてきたが、先程よりも唾液を飛ばす事に拘っていた。
シャワーを浴びたばかりの私の顔に唾液が飛び散るのを見て更に笑っている。
ゆっくりと顔を洗い黙って浴槽を出ると
「怒ったん?」
と少し不安げに聞いてきた。少し怒ってるフリをして、
「あんなに唾飛ばしたらあかんな」
と言ったら、娘は「はーい」と言って浴槽から出ると、脱衣所に行きタオルを取って渡してくれた。優しい子に育ってくれた。
身体を拭き、髪を乾かしてから寝る用意をする。
一瞬に寝るぬいぐるみをいくつか腕に抱えている娘を階段の下で待っていた。
2階へ向かおうとすると、
「先行く!」
と勢いよく走ってきた。何故だかわからなかったが、先に階段を登らせて後からゆっくり追いかける。
「ぶっ、ぶっ、ぶっ」
階段の半ばくらいで、3段先にいる娘のお尻からおならが聞こえた。1段登るごとに1発。
「こいつ、、」と思って娘を見上げると、てっかてかの笑顔で娘が言った。
「リアルビートボックスやで」