ジャスミンは母殺しの香り〜ファッションが私の鎧を脱がせてくれた
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いつからだろう。1年前フエギアで買った香水に、全く手が伸びなくなっていた。少なくとも、年が明けてからはほぼつけてない。別に香りの存在を忘れているわけではない。ボトルは毎朝目に入るのに、なぜかつける気にならないのだ。特段意識することもなかったその理由に、先日不意に気づいてしまった。
どうやら私は、母親殺しをしていたらしい。
マイ・ファースト・フエギア
謎めいた実験室のような雰囲気に、音に聞く風変わりな接客。まさに唯一無二のブランディングに強く興味をそそられて、GINZA SIXはフエギアを初めて訪れたのは2023年7月のこと。
店内をぐるりと二周して一番気になったのは、セダだった。どちらかと言えば好みの香りではない。なのに気になって仕方がない。濃厚なジャスミンの中に、アンバー由来と思われるピリッとしたクールさが感じられる。2度、3度とフラスコを嗅ぐうちに、濃い新緑の草原に強く吹く風のようにガツンとくる香りがクセになった。
同じくらい気になったのが、ヤグアレテ。「草むらに忍び寄るジャガーの香り」と説明されたそれは確かに、くぐもったような甘やかな香りの奥に何やら不穏な気配がする。動物由来の成分は一切入っていないにもかかわらず、確実に獣の気配を感じるのが不思議でたまらない。こちらもフラスコを手放せなくなった。
でもいざつけてみるとセダは甘すぎて物足りず、ヤグアレテは弱すぎて感じない。そこで提案されたのが重ねづけ。驚くことに2つの香りが肌の上で重なり合うと、芳香の奥からユラリと情景が立ち上った。青く晴れ渡る空の下、風を受け穏やかに輝く一面の草原。そこへ音もなく忍び寄る一頭の獣、その密やかな息遣い。
魅入られたようになった私は、初めてのフエギアで香水を2本買った。1本でも大層なお値段なのにまさかの2本、しかもたった1回の試着(試香?)で。けれどこの日最初に嗅いだ瞬間から、セダを買うことは自分の中で決まっていた気がする。そして、セダを買うならヤグアレテを買わないという選択肢はなかった。
一方でそこまで言う割に、セダに惹かれる理由が自分でもわからないのが不可解だった。普段の買い物なら購入noteを書くことで気持ちを棚卸しできるのだが、この時ばかりはいくら書いてもさっぱりわからなかった。けれどあれから1年経って、ようやくその理由に思い当たった。手がかりは2つ。
「戦い」と「女性性」だ。
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