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俳句のいさらゐ ✿◎✿ 松尾芭蕉『奥の細道』その十一。時間の奥行きを詠む

「奥の細道」の中の、名吟の特徴として、
🔷 激しいもの、苦難を強いるもの、心を落ち着かせないもの、大きな力に動かされているもの、といった出来事や現象が先にあって、
🔶 そのあとに訪れた平穏を天の恩恵ともとらえ、ゆえにこの無常の刹那を愛おしむ寂情であり惜情でもある思い
が詠まれている、と思う。

「奥の細道」の中の句の数々には、旅路ゆえの偶然性がもたらす景との遭遇に、反証的な視点を据えて、芭蕉が嘱目した時点に至るまでに過ぎ去った事象も内含された世界が表されている。偶然性がもたらす景、と言ったが、それは机上での詩想の遊弋 ( ゆうよく ) では得られない驚きを詠んでいるという意味である。
万古自然に繰り返される大きな営みの、自らが選びようもない天の演出に、この場所にはるばる来たからこそ触れ得た感興を、装いを排して、詩に刻み、告げているのである。
俳諧を極めた人芭蕉の、余人では届かない屹立した業をそこに見る。

そういった句を、「奥の細道」に出て来る順どうりに挙げて、簡単に解釈する。
🔔 テーマ   🔷( 句立ての )前提  🔶( 芭蕉が )見ているもの 

なお、芭蕉の句と同じような事象を題材にしながら、視点も着眼点も余情も無味で平板な、深みを持たない凡句は、著名俳人の作であってもいくらでもある。特に近年の俳人のものは、手遊び程度にすぎないものに堕していて味わうに値しない。もっと魂のこもった俳句に立ち返ってほしい。
🃏  凡句例 としていくつか参考に添えた。 比べて芭蕉の深みを熟読玩味してほしい。

草の戸も住替る代ぞひなの家

🔔 テーマ        旅立つときは来たれり
🔷 前提      門人が土埃を立てて頻繁に出入りしていた家屋
🔶 見ているもの  幼児のいる穏やかな一家が住む様子
🃏  凡句例  十五夜の月伴へる旅立に     稲畑汀子
🃏  凡句例  朝の馬ついに影絵となる旅立ち  金子兜太

笠島はいづこ五月のぬかり道

🔔 テーマ     行くのを断念する口惜しさ 
🔷 前提      道をうがち激しく降った雨
🔶 見ているもの  岐路の真ん中 ついに訪れ得ない諦観
🃏  凡句例  秋曇や山路に深き轍あと    阿部みどり女

夏草や兵どもが夢の跡

🔔 テーマ      栄華の虚しさ
🔷 前提      人が斬り合い屍を晒した戦場
🔶 見ているもの  田野に戻り草の繁茂する広がり
🃏  凡句例  旅ゆけば暮れはやく過去かへりこず  飯田蛇笏
🃏  凡句例  大寺のいくつほろびし日向ぼこ    小澤  實

五月雨の降り残してや光堂

🔔 テーマ        歳月を経ても失せぬ文化の荘厳
🔷 前提      激しく降った雨
🔶 見ているもの  燦然と、毅然と立つ金色堂の光
🃏  凡句例  寒の雨あがりて淵の澄みにけり    水原秋桜子
🃏  凡句例  冬林を柔かにして雨止みし      阿部みどり女
🃏  凡句例  枯れて立つ木もありそれに夏の雨   山口青邨

閑さや岩にしみ入蝉の声

🔔 テーマ     現実の中に現われる異空間
🔷 前提      炎暑の中に響いていた蝉の声
🔶 見ているもの  蝉に声の勢いが衰えた巌間のたそがれ
🃏  凡句例     虫が鳴く寂光院のみちしるべ         山口青邨
🃏  凡句例     いづくにか水の音して鳴く虫も      山口青邨

五月雨を集めて早し最上川

🔔 テーマ     自然の豪壮さ
🔷 前提      幾日も降り続き旅の足を止めさせた雨
🔶 見ているもの  降った雨の量を思わせる雨上がりの水量
🃏  凡句例  夏川の淵の砂浜あはれなる        山口誓子
🃏  凡句例  夏川や枕にひゞく山の宿         正岡子規
🃏  凡句例  見るかぎり同じ速さの秋の川       山口誓子
🃏  凡句例       虎杖 (いたどり) に最上はやしよ波立てず  小澤  實

雲の峰いくつ崩れて月の山

🔔 テーマ     一日の出来事の濃密さ
🔷 前提      紺碧の空に盛んに湧き続けた入道雲
🔶 見ているもの        雲が夕闇に沈み藍色の空に煌々と照る月光
🃏 凡句例  富士晴れてゐても変幻雲の峰    稲畑汀子
🃏 凡句例  雲の峰師の求めたる道はるか    小澤克己
🃏 凡句例  夕薄暑青い果実のやうな時間    大高  翔
🃏 凡句例  月を待つ自分ひとりの聖城で    大高  翔   

暑き日を海にいれたり最上川

🔔 テーマ     一日の出来事の濃密さ
🔷 前提      歩き続けた炎天の下
🔶見ているもの   一日が暮れてゆく名残りの情 
🃏 凡句例       雲焼けて静かに夏の夕かな          高浜虚子

早稲の香や分け入る右は有磯海

🔔 テーマ     行きたい、叶わないというジレンマ
🔷 前提      海崖迫る難所の連続であった行路
🔶 見ているもの  穏やかな人里の空気 旅の分岐点
🃏 凡句例      岐れ道いくつもありて桑の道       高浜虚子

あかあかと日はつれなくも秋の風

🔔 テーマ     旅の途次にあって旅路に過ぎた時間を思う
🔷 前提      熄まない暑さを中をひたすら歩く
🔶 見ているもの  風に知る季節の変わり目
🃏  凡句例      ゆく夏の幾山越えて夕日去る           飯田龍太
🃏  凡句例      初秋の一日さひしき暑さ哉               正岡子規
🃏  凡句例   草すずし大橋へ日は落ちつつも   小澤  實

名月や北国日和定めなき

🔔 テーマ      望んだものに会い得た僥倖
🔷 前提         名月を雲間に隠すぐずついた天候続き
🔶 見ているもの  どうにか天候が戻り観月の叶った夕べ

                                           令和6年3月     瀬戸風凪
                                                                             setokaze nagi

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