「命を吹きかける装置」鮎川尊
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耳障りなくらい大きな汽笛を少々ダルそうにしながら、窓の外の景色を見つめ、雪化粧の山々が残る景色の向こうに、本来ならば喜び満載で会えるはずの友人の浅岡祥吾への複雑な思いが揺れ動く。
目の前で、あれほど子供好きを自称している鮎川が握っている「氷みかん」が欲しくてたまらないかのように愛想を振り回っている5歳くらいの女の子にすら、微笑み返すこともなく、逆に少々面倒くさくしているのにも実は理由があった。
鮎川尊教授は、約1週間前、奇妙な依頼を受けた。
依頼者はその孤独な科学者、浅岡祥吾であった。
大学時代鮎川の同級生で、なおかつライバルでもあった浅岡は、先日「命を吹きかける装置」を開発したと言い、それが人々の孤独を癒すと主張していた。
その装置の名前を「ミーム」というらしく、この名前には、浅岡の娘の名前をそのままつけたということらしい。
鮎川は半信半疑ながらも、興味と不安が交差しながら、浅岡教授の研究室を訪ねた。
薄暗い部屋には、古びた機械と無数のノートが散乱していた。
浅岡は装置を説明し、その核心は人間の脳波を増幅し、孤独感を和らげることにあると語った。
鮎川が何か狐にでもとりつかれていないかと浅岡を心配している間に、実験の準備が整い、浅岡は自ら装置に接続した。
鮎川は、眉を極限まで潜めるかのように、モニターを見つめ、浅岡の脳波が変化するのを観察し続けた。
突然、浅岡の表情が柔らかくなり、涙が一筋頬を伝った。
「見える…」浅岡はそっと、何か小さな虫が、さっきから、彼の少し丸まった肩越しにいるのに気づいていたかのように、小さく囁いた。
そして、涙を押しこらえるかのような、一粒でもこの空気を無駄にしないような、かすかな、それでも優しい声で、
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Photo by cottonbro studio on Pexels.com[/caption]
「かつて失った家族の姿が…」「実夢(娘)が....」
装置が停止し、浅岡は深いため息をついた。
「孤独は、人を狂わせる。」
「しかし、この装置は一時的にでも心に命を吹き込み、孤独を癒すことができる」と、
鮎川は、それでも黙って装置を見つめた。
その一時的な癒しが真の救いとなるのか、それともただの幻に過ぎないのか。彼の心に浮かぶのは、科学の限界と、人間の本質に関する深い問いであった。
実は、浅岡は、10年前に、不慮の事故で自分の奥さんと一人娘「実夢」を失っていた。
非常に天真爛漫で、活動的で、大学の教授意外にも、自ら起業もし、多くの社会活動をしていた浅岡が、この事件以来、周りとの繋がりを一切断ち、会社も全て辞めて、彼のコミュニティーのステータスであった社会活動「虹色の絵の具」にも姿を見せていなかった。
その噂を聞いてからほとんど5年ぶりの再会であった。
だからこそ、鮎川は、楽しみにしながらも、すぐに壊れそうなその思いを何とか、持ちこたえながら、「どのように、自らの旧友に接するべきなのか?」を何度も考えながら、ここまでの長い道のりの後の、自らの親友としての役割と、その後の物語の脚本を自分なりにイメージしたのであるが....
そして、鮎川が出した答えは、次のようなものであった。
「浅岡、これがお前の今の答えなのかもしれない。だが、この孤独を完全に癒す方法は、まだ証明されたと見なされていないし、実際に見つかったと、俺は思わない。俺たちはもっと深く夢と人間の脳について探究する必要があるが、先ずは、浅岡、お前自身のこれからの人生にこそ、新たな命を吹き込もう。」と鮎川は言い、静かに研究室を後にした。
浅岡の孤独もまた、科学者としての鮎川自身の心に響いていた。
やはり、ここは、とってつけたような脚本家でも、演出家でもなく、本来の生業の科学者として、浅岡の親友として、それ以外は考えられなかった。
鮎川の中では、人間には無駄がなく、周りに不必要な現象は存在しないという。
人間浅岡だけでなく、科学者の1人としても、この孤独も、自分を見つめ直し、新しい発展のためには必要なことらしい。
さみしさからくる弱さや不安も、本気で「命を吹き込む」為の「勇気」を養う機会でしかない。
鮎川は、そう思いながら、浅岡の研究者としての、現在の心情を考えて、その日の午後彼に会うこともなく、今朝自身が乗ってきた同じ汽車で帰るのであった。
鮎川にとっては、いくら最先端な装置で、科学者の彼らには魅力的な物であっても、今夜の彼の心情は、多少煙でごわごわしながら、耳障りな汽車にでも揺られたい気分だったようだ。
終了
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