弱聴の逃亡日記「初めての野宿」

 午後8時頃、北浦和駅に到着した。今日の旅はここまでにして休むことにしよう。

(中略) 

 行き当たりばったりの旅だ、当然ホテルは取ってない。当日飛び込みで宿を探すか? 答えはNO。
「徒歩の旅といえば、やっぱり野宿でしょ!」
 生涯で一度はやってみたかった徒歩の旅、その空想を思い描くとき夜は公園で野宿するのが弱聴のお決まりだった。
 北浦和駅から交差点を渡ってすぐの、美術館も併設されている大きな公園には夜10時を回っているというのにデート中のカップルや通行人など人の姿がまだちらほらと残っていた。
 いざ野宿しようとすると不安になってくる。寝ているところを人に見られて不審者と思われないだろうか? 通報されたりしないだろうか? 
 弱聴はなるべく人目に付きにくい場所を探して公園内を歩き回った。そして周りよりも一際暗い木の影にあるベンチを今日の寝床として陣取った。

 人生初の野宿。さて、寝袋を出して――といきたいところだが弱聴は寝袋を持っていない。
 調達するにも、昨日の今日で出発したから調達出来なかった。寝袋の代わりになるだろうと持ってきたのはボア付きのパーカやストールなど冬用の防寒着だけだが、真冬ではないし寝むれないことはないだろう。
 ベンチにストールを敷き、コートの中にボアパーカを着こみ、ベンチに横になった。

「うわぁ…」と弱聴は思わず感嘆の声を上げた。
 視界いっぱいに夜空が広がる。夜空には細い上弦の月が浮かび、数は少ないが星も見える。時たま黒い夜空の中を灰色の雲が通過していく。
 立って見上げる空と寝転がって見る空はこんなにも違うのか。弱聴は夜空を眺めながら空の高さを体中で感じていた。いつもは頭上に天井があるが、今日は遮るものが何も無いのだから解放感がハンパない。
 野宿するってどんな感じだろうといつも想像を膨らませていたが、体感している今、想像がかなり劣っていたことを知る。
 今見ているこの景色が、今感じているこの解放感が、野宿だ! とライブ感に独り興奮する。

 疲れていることもあり、目を閉じるとすぐに眠りについた。
 だが、数時間後にブルッと身震いをして目が覚めた。全身が冷え切り、震えが止まらない。風が吹く度に冷たい空気が足先に当たって体温が奪われていた。おまけに手も凍りそうなほど冷え切っている。
 風が当たらないように上にレインコートを煽ってみるが、さほど効果は無い。
 寒さを忘れるように再び目を閉じて眠りに入るが、数十分後には寒さでまた目を覚ましてしまう。起き上がってストレッチをして体を温めてからもう一度横になってみるが、すぐに冷えてまた目覚めてしまう。
 防寒着だけで事足りるだろうと思っていたが、甘かったようだ。想像の至らなさに独り落ち込む。
 この寒さが野宿だ… とライブ感を噛みしめる。
 空には雲の数が増え流れも速くなった気がして、雨が降るのではないかと嫌な予感が過る。
 細い月を眺めながら「頼むから雨だけは降らないでくれ。お願いだから早く朝が来てくれ」と願って弱聴は何度目かの眠りに入った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?