弱聴の逃亡日記「計画 その2」

 次はどのルートを歩くかなど旅の計画を立てなければならない。むしろ肝心なのはこっちの方だ。
 東京から青森まで太平洋側の地域を結ぶ国道4号線が通っている。それを北に辿っていけば自ずと実家のある岩手県一関市に到着する。
 問題は東京の自宅がある小金井市からどのルートで国道4号と合流するかだ。そこまでの道を間違えば見当違いの場所へ向かってしまう。

 あいにく弱聴は地図を持っていない。おまけにスマホを家に置いて行くという無謀さだ。途中で地図を買うことも出来るが、小金井市から国道4号線へ向かうのに適した歩行者向けの地図――東京、埼玉、栃木の主要道路がわかり、目印になる交差点名や建物名まで細かく載っていて、持ち運ぶのに便利な薄くて軽い地図――なんてあるだろうか。望みは薄いだろう。

 では、どうするか。弱聴は悩んだ。
 ポクッ、ポクッ、ポクッ、チーン…
「ひらめいた!」
 弱聴はペンとメモ帳を取り出した。事前にスマホでルートを調べ、道順をメモ帳に書きとめることにしたのだ。
「県道〇号線を直進。○○交差点を右折して国道〇号線に入る。目印は左手の○○スーパー」
といった風に小金井市から国道4号線までの道のりをずらーっとメモ帳に書き込んだ。国道4号線に合流するまではこのメモを見ればいいだろう。4号線に入ってしまえば、あとは一本道なので心配ない。
 
(中略)

 まずは北上して国道463号線に出る予定だ。
交差点がある度にメモ帳を取り出して、メモと道路標識を見比べて確認する。メモを書いた時には完璧だと思っていたが、実際に歩きながら見るとメモが本当に正しいのか、順路通り歩けているか不安になってしまう。
 分かりづらい道路標識に惑わされつつも、途中で道を尋ねながら、なんとか清瀬市を通り抜け、新座市から埼玉県に入り、予定通り国道463号線に出た。
 ここから当分は463号線を東方面に直進していけばいい。

(中略)

 出発して5時間は経っただろうか。右のふくらはぎが張って来た。気付くと息も上がっている。歩みを止めて、歩道に造られた花壇に腰かけた。

 この時、弱聴は重大なことに気付いた。
「歩くと疲れるんだ… 忘れてた…」
 チーン…。
 なんでそんな当たり前のこと、忘れてたんだぁー!

 旅に出られることが嬉しくて、ワクワクしすぎて、体が疲労するってことを全く思いつかなかった。日頃から運動して鍛えているわけでもないのに、昨日今日の思いつきで約430キロを歩こうなんて、無謀すぎる。自分のアホさに泣きたくなる。
 右ふくらはぎをマッサージしてから再び歩き出したが、またすぐに張って痛くなった。痛みを庇うように歩くと今度は左のふくらはぎが痛くなり、両ふくらはぎを庇うと今度は太ももが痛くなり――ついには足全体どころか尻から腰まで辛くなってきた。
 途中、ドラックストアに寄って筋肉痛の塗り薬を買った。トイレの個室に入ってヒーヒー言いながら下半身全体に丹念に塗り込む。

 まだ一日目なのに、こんなことで本当にたどり着けるのか?
                              つづく

==================================

 この時はマジでズボンを下ろすのもしんどかった…。
 この日以降、弱聴の体からは常に筋肉痛の塗り薬特有のツンとくるニオイが漂っていました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?