弱聴の逃亡日記「友達失踪事件」

 スマホを手放さずに完璧な逃亡は成しえないと弱聴は考えていた。というのも以前、こんな事件があった。

職場で知り合った仲良し三人組で久しぶりに食事の約束をしていた時のことだ。待ち合わせ場所に向かう途中で一人から遅刻すると連絡があった。よくあることなので特に気分を害することもなく、待ち合わせ場所で一人と合流し、もう一人が来るのを待っていた。
 しかし30分経っても来ない。連絡もないし、メッセージを送っても既読にならない。電話にも出ない。完全に連絡が取れなくなってしまったのである。
 この段階ではさほど心配していなかった。財布を家に忘れてきて引き返しているか、スマホの充電が切れたのか。とにかく待っていれば来るだろう。
 彼女には悪いが先に食事をとりながら待っていることにした。

しかし1時間経っても2時間経っても来ない。連絡もない。
「こんなに遅いなんて、おかしくない?」
心配し始めると不安はどんどん膨らみ、悪い想像ばかりが浮かぶ。
「来る途中で変な人に声かけられて、トラブルに巻き込まれたとか…」
「どっかで体調悪くなって倒れているとか…」
 せっかくの料理も彼女の心配ばかりで味がさっぱりわからない。会話もどこか上の空で、客の出入りがある度に彼女が来たのかとそわそわして落ち着かない。

 食事を終え、あとは帰るだけという段になってもやっぱり彼女は現れなかった。
「どうする? このまま待ってみる?」
「これだけ待っても来ないってことは来ない可能性が高いよね」
「でも、このまま帰るのは心配だし…」
「家まで行ってみる?」
 幸い彼女の家には何度か遊びに行ったことがあるので場所は知っている。2人で彼女の家に向かった。

 しかし彼女は家にもいなかった。
 いよいよ悪い予感が最高潮に達する。家にもいない、待ち合わせ場所にも来ない、家に向かう途中で出会うこともなかった、連絡が途切れてから3時間は経っている。いったい彼女はどこにいるんだ。

 不安で居ても立っても居られない状況だが私たちに出来ることはやり尽くした。
 思いつく手段はあと一つ。警察に頼るしかない。
 かなり躊躇したが、彼女が住む地域の警察署に電話をして探してもらうよう依頼した。人生で初めての経験だった。

 もう遅い時間だった。このままでは終電が無くなり自分たちが家に帰れなくなってしまう。不安は募るが私達に出来ることはもう何も残っていない。後ろ髪を引かれつつも自宅に帰ることにした。

 駅のホームで電車を待っていると、なんと彼女から連絡がきた!
「ちょっと、どういうこと? 今どこにいるの? 何してたの?」

 驚きと戸惑いと安堵と怒りで軽いパニックを起こしつつ彼女に事情を聞くと、なんともくだらない内容に拍子抜けしてしまった。
 彼女は待ち合わせ場所に行く途中でスマホを失くし、ずっと探し回っていたらしい。
 彼女の身に何かあったのではないかとあれだけ心配し、家にまで行って、警察にまで連絡したのに、蓋を開けてみたらスマホを探し回っていただけだなんて。
 すぐに警察に電話して友達が見つかった旨を伝え、「お騒がせして申し訳ありません」と謝った。
 とにかく彼女に大事が無くて良かった。スマホも無事見つかったそうだ。

 しかしなんとまあ、くだらない事件!
 約束を放り出してスマホを探し回っていた友達も悪いが、警察に連絡してしまうほど大事にしてしまった自分たちもおかしいのかもしれない。
 しかしあの時は友達がはるか遠く――火星とか木星とか手の届かない異次元の世界に――行ってしまったように感じたのだ。たった3時間連絡が取れなくなっただけでそう感じてしまったのだ。
 そして失くした本人も3時間必死になって探すほど不安にかられていたのだ。他の手段が思いつかないほどパニック状態に陥っていたのだ。

その事件以来、弱聴は自分とスマホの関係性について考えるようになった。いわゆる「私とスマホ、どっちが大事なの?」的な話だ。

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